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──小学二年生の頃だ。俺は、タカちゃんという子と友達になった。
その子は家の都合で転校が多くて、俺の住むこの街でもほんの二、三ヶ月しか留まらなかった。
おまけに通う学校も違ければ、それどころか何処に住んでいることさえ知らない。
なまじ口が悪かったのも手伝って、その子が女の子だったことすら、今の今まで知らなかった。
そんなふたりが友達になった切欠は、ある日の逢魔が時。いつものように俺はされるがままに嬲られていた。
──成績優秀で、先生からちやほやされているように見える俺を気に入らない奴等の、自尊心を満たすだけの行為。
周りに救いの手なんてない。勝手な事ばかり言う。血を分けた両親でさえ、俺に関心なんて持っちゃいない。
毎回律儀に持っていく赤い丸だけの紙切れを、まるでポストに入っているビラと同じと言わんばかりの扱いだった。
どれだけ努力しようと、関心は持たれなくて。努力するだけ軋轢を生んで。今はこうして土の味を確かめている。
涙も嘆願も意味のない。空虚で、息を吸って吐くことさえ、無駄な行為だと思えてくる。
──ああ。自分は、なんて価値のない生き物だろう。
──そんな時、奴等の後ろから蹴りを入れてきたのが、タカちゃんだった。
一対多。とても敵う相手ではないのに、ボコボコになりながらも歯向かっていく。
そんなゾンビ然とした姿が気味悪がって、有利なほうが逃げてしまった。
──初めてだった。誰かが助けてくれたことも、こうして拳を握り締めて誰かを応援したのも。
もちろん、勝ったなんて口が裂けても言えない。顔は試合後のボクサーみたいな痣だらけ、鼻血も垂れていてボコボコだった。
──それでも、格好いいと思ったんだ。一人でも、ボロボロでも、間違っていると思う事に立ち向かう姿に、憧れていた。
そして、自分も綺羅星のような、ヒーローになりたかった。タカちゃんがまた引っ越してしまう時、そう強く願った。
──でも、出来なかった。針の筵に立つのは耐え難くて、いくら傷付いても報われなかった。自分に意味があるのか、そう考える日々が続いていた。
そんな時だった。デパートで滑稽に芸をする道化師を見かけた。その姿は格好よくはないけれど、見る者は皆笑い合っていた。
──その日から、俺は笑顔でいることにした。笑顔で、間抜けを演出して、そうすれば周りは目を剥いて襲ったりしない。
顔に化粧を。間抜けな踊りを。馬鹿のフリをしていれば、自分も、周りも傷付かなくて済む。
そんな、反吐が出る自分を演じながら、本当の自分を、憧れた姿を忘れようと、そう思っていた。
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