天使の骨は桜色をしている

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天使の骨は桜色をしている

桜色の骨は、思ったより全然脆かった。 口の中で溶けて小さくなった飴みたいに砕けてしまった。 こんな脆い骨でどうやって生きていたのだろうか。 そもそも天使は本当に生きていたのだろうか。 ただ分かるのは、この骨を残していき、もう会えることはないという事だけだ。 ある日、いつもの病室で肌寒いと思って目が覚めた。 閉じたはずの窓は開け放されていて、その窓枠に天使が腰をかけて笑っていた。 皮膚も髪も、睫毛さえ雪のよう白く、着ている柔らかそうな服すら真っ白だった。 その服から輪郭が薄く透き通るような裸足がぷらぷらと揺れていた。 日曜日の教会の上の空のような、淡い水色の瞳だけが色を持っている。 背中に羽はない。 だけれど直感的に天使に違いないと思った。 天使は何も言わないが、俺を見つめてずっと笑っている。 俺も天使に笑い返した。 しばらく見つめあってから、ふと目を逸らすとそこにはもう天使は居なかった。 その日から、天使は俺が目を覚ますと、必ず同じように窓枠に座って笑っていた。 俺が話しかけても、ただ笑うだけで何も言ってはくれない。 もしかしたら天使は人間と話を出来ないのかもしれない。 それでも天使の姿を見ると、俺は安心した気持ちになった。 天使の姿を見ながら再び眠りにつくことも度々あった。 個室の病室には天使と俺以外は居らず、天使がいる間に人が入ってきたことは一度もない。 いつも目をそらしたり、まばたきをしたほんの一瞬の間に天使のいた場所はまた元の誰もいない寂しい空間に戻っていた。 俺と天使の静かな時間は一ヶ月ほど続いた。 ところが、とても寒い日、天使は窓枠には居なかった。 窓枠の下にうずくまって眠っていた。 駆け寄って、天使の頬にそっと触れる。 その皮膚は冬の水のように冷たく、生の気配が完全に失われている。 眠っているのではない、天使は死んでいるのだ。 何故かそのことが恐ろしくはっきりと分かった。 巨大な空白が体の中心から広がるような喪失感に駆られながら、俺は泣くことすら出来なかった。 ただ羽のように軽い体を抱き上げて、埋めなければと思った。 薄青い朝の空気の中で、俺が病院の中庭に行く間、誰にも会わなかった。 そうして俺は中庭に天使を埋めた。 埋め終わった後、ふいに空から差した光が白く、眩しかった。 それから四日、俺はまた病室を抜け出して、中庭で天使の埋めたところを掘り返していた。 どうしても最後に一度だけ、これが本当に最後でいいから顔が見たかった。 死後の天使の顔がどのようになっているかは少し怖かったが、きっと死んだままの姿のような気がした。 だけれど掘り返してみるとそこには天使の亡骸は無かった。 代わりに薄い桜色の骨が転がっていた。 こんなに早く骨になんてなるわけないのに、なんの疑問も持たなかった。 天使の骨は桜色なんだ、そのことに何故か胸がひどく切なくなる。 俺はその骨を発作的に口に入れた。 桜色の骨はなんの味もせず、噛み砕かれ、飲み込まれていく。 俺は天使の骨を食べながら、俺の寿命はあと一年も無いはずなのに、これから先ずっと生きていけるような気がした。
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