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おにぎり 1
二学期が始まってすぐ。
「中島陽菜ちゃん。好きです。俺と付き合ってください。」
部活が終わって、体育館から外に出ると、人目もはばからず、いきなり告白された。
私は、何かの罰ゲームかと思い、速攻で断った。
「ごめんなさい。」
それだけ言うと、一緒にいたバレー部の友達と帰ろうと歩き出した。
三人の友達の中で誰よりも早く口を開いたのは、セッター候補の早見茉莉香だった。
「ちょっと陽菜。今の、バスケ部、二年の高岡先輩だよ。あんなあっさり、断っちゃっていいの?」
すっかり日が暮れて暗かったのに、一瞬で誰だか分かるなんて、茉莉香の情報量はすごいな。そう感心しながら答えた。
「あんな風に言ってくるのは、何かの罰ゲームなんじゃない?」
そう言った私の背中に、また、高岡先輩の声がした。
「罰ゲームじゃないよ。」
私たちは立ち止まって一斉に振り向いた。
「本気の告白だよ。」
初めてまともに顔を見た。それから、一連の告白を見ていた人たちが興味深そうにこっちを見ていることにも気が付いた。
私は、高岡先輩の目を見てハッキリ言った。
「お断りします。」
二度もハッキリ断っているのに、高岡先輩は嬉しそうに笑顔で言ってきた。
「どうしてダメなの。」
何なんだろうこの人は。
そう思うのと同時に、周りの人達の視線も気になった。
「先に帰ってて。」
友達にそう言うと、高岡先輩の腕を掴んで体育館の裏に連れて行った。
周りが騒ぐ声と、高岡先輩が笑いながら話しかける声が、私は嫌で仕方なかった。
「そんなに引っ張らなくてもちゃんと付いて行くよぉ。」
もう日が落ちてしまった体育館の裏は思ったよりも暗くて、顔はほとんど見えなかった。でも、背が高いことは分かる。
私の身長は少し高めの168cm。
修吾よりも高いかも。
一瞬そう思ったけど、迷惑な気持ちをぶつけるように少し斜めに見上げて言った。
「あんな風にみんなの前で告白されたら、冗談としか思えないです。」
私の気持ちが伝わったのか、高岡先輩は急に真面目そうな声で謝った。
「ごめん。でも、気持ちは本当。好きになったんだ、俺と付き合って下さい。」
どんな風に、何度言われても答えは同じなんだ。
私もちゃんと、真剣に言った。
「ごめんさい。あなたとは付き合えません。」
「理由は?今、彼氏いないよね。」
「あなたのことはよく知らないし、好きじゃないから付き合えません。」
「それだけ?」
これ以外に、まだ理由が必要なのか?他の理由を考えようと答えずにいると、私の言葉を待たず、話し出した。
「それなら、俺の事知ってよ。それで、好きになれそうなら付き合おう。」
何なんだろう、この人。
私の気持ちは関係なく、自分の思いをぶつけてくる。
「嫌です。あなたの事は興味無いですし、今は誰とも付き合うつもりもありません。」
「じゃあ。興味、持ってもらうために頑張るわ。」
「いや。いいです。それじゃ、失礼します。」
これ以上話しても、同じことの繰り返しになりそうなので、勝手に切り上げて帰ることにした。
少し早めに歩き出した私の後を、高岡先輩は話しかけながらついてきた。
「駅まで一緒に帰ろうよ。もう暗いし、女の子一人じゃ危ないよ。」
誰のせいで、一人で帰る事になったんだ。
高岡先輩を相手にせず黙っていたが、構わず話しかけてくる。
「本当に俺の事知らないんだね。じゃあ、自己紹介するね。
名前は高岡亮。二年でバスケ部。いつも隣のコート練習してるんだけど、見たことないかな?」
女子バレー部の練習の時は、男子バスケ部が一緒に体育館を使っている。
バスケも、バレーも、最大で二面しかコートを作れない体育館は、部活の時間を男子と女子で、前半と後半に分けて、なおかつ、中央にネットを引いて一面ずつのコートで使っている。
私は、隣のコートで練習をしている男子バスケ部の事なんて気にしたことは無い。
高岡先輩はいつの間にか、隣に並んで歩いている。私はもう少し早く歩いたけど、それも難なく追いつかれた。
「身長は183cm。体重は多分、68㎏。靴のサイズは28cm。それから、好きな食べ物は、明太子のおにぎり。」
話しなんて聞くつもりはないんだけど、勝手に聞こえてくるから、頭の中で反応してしまう。
やっぱり修吾より、少し背が高い。
おにぎりが好きなのは一緒だ。
「おにぎりって、握る人で味が変わるんだって。俺、陽菜のおにぎりが一番好きだよ。」
小学生の頃、ウチでご飯を食べるのに、いつもの様に皆におにぎりを作った時に修吾が言った。
それ以来、私の得意料理はおにぎりだ。
修吾は今でも、そう思ってくれているのかな?
修吾と誰かを比べてしまうのは、もはや癖になっている。
「あと、何が知りたい?」
学校から駅までは、友達と話しながら歩くと10分ほどかかる。でも今は5分くらいで来れたんじゃないかな。徒歩でも早く歩くと心拍数は上がる。少し弾んだ息を整えつつ、改札をくぐる。
「陽菜ちゃん。」
高岡先輩に急に名前を呼ばれて、思わず立ち止まった。
高岡先輩は私を追い越して振り返えり、前に立つと少しかがんで目線を合わせた。
「これから名前で呼んでいい?」
駅のホームの明るさで、高岡先輩の姿をちゃんと見た。
話す口調はチャラそうだったけど、黒くて短い髪は爽やかな感じがしたし、くっきりした二重の目と少し大きな口は印象的で、格好いい。
「嫌です。名字で呼んでください。て、言うか、必要以上に話しかけないで下さい。」
「嫌だよ。話しかけるよ。俺の事、知ってもらいたいし。」
結局、何を拒否したところで、この人は好きにするんだろう。
そう思って、小さくため息をついたとことろに、電車が入ってきた。ドアが開き始めたのを確認すると早口で別れの挨拶をした。
「さようなら。」
急いで電車に乗ったら、なんとまた、私の隣に並んだ。
「どこまで付いてくるんでるか。」
思わず、きつい口調で言ってしまった。
「俺もこの電車。三つ目の駅で降りるんだ。」
そう言われて、自意識過剰気味な自分の言葉に恥ずかしくなった。
「時々、同じ車両になるんだけど、見たこと無い?」
私が過去の記憶を思い出しながら首をかしげていると、自嘲気味に笑いながら続けた。
「まあ、そうだよな。友達と一緒じゃない時は、大体、本、読んでるもんな。」
この人、本当に私の事、見てたんだ。
そう思うと、少し見方が変わった。
それから、高岡先輩は私を見かける度に声を掛けてくるようになった。
特に、部活が終わって帰る時は、当たり前のように付いてくる。いつも一緒に帰る部活の友達が、気を使って先に帰ろうとするのを必死に止めなければならない。
「これからもっと早く暗くなるけど、危ないから家まで送ってこうか?」
帰りの電車の中でそう言われた。
「大丈夫です。先輩の方が降りる駅、早いじゃないですか。」
「そんなの気にしなくていいよ。俺は陽菜ちゃんと少しでも一緒に居たいんだから。」
爽やかな笑顔でそんなことを言われたら、悪い気はしないけれど。家まで送ってもらうのは、本当に迷惑だった。
「駅から家までは一緒に帰る人がいますので、本当に大丈夫です。」
「それって、彼氏?」
「違います。幼馴染みです。」
「そうなんだ。」
高岡先輩は少し、寂しそうに笑った。でもそれ以上は聞いてこなかった。
駅から家までは歩いて十分。大通りを外れて帰る道になる。人通りも少なく、よく不審者が出たと聞く道で、街頭もあまり無いので女の子が一人で安心して帰れる道じゃない。それを一番に心配してくれたのは幼馴染みの二人の男の子だった。
同じ高校だけど、学校では距離を取る。
中学に入ってからの変わらない習慣。
駅から家までは一緒に帰る。
高校になって新しく出来た習慣。
私が遅いときはいつも、駅前のベンチで待っていてくれる。
大切な幼馴染。
私は、部活が後半の時は学校の図書室に居ることが多い。友達と居ることもあるけれど、大体は一人でいる。本を読んでいることもあれば、課題をすることもある。本が好きな私にとって、図書室は大好きな場所だ。そんな所にも高岡先輩は現れるようになった。
でも、声を掛けて来るのは、私が一人の時だけだった。
数学の課題を悩んでいる時に、「数学は苦手なんだよなぁ。英語は得意なんだけど。」と言いながら一緒に考えてくれた。別の日に本を読んでいる時は、少し離れた席に座って同じように読書をした。
不思議な人だと思った。知れば知るほど印象は良くなっていくけど、好きになることは無い。
だって私には長い間、片思いをしている人がいる。
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