限りなく透明な心

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いつも突然は急にやって来る。急にやって来て日常を日常でなくしてしまう。いや妊娠して十月十日お腹の中でずっと大事に育てて来たんだから出産は突然ではない。富士子は自分がそうだったように健康で元気な子を産むことが当たり前だと思い込んでいた。随分と傲慢な心だ。港ちゃんが生まれた時に初めての出産だったにも関わらず富士子はすぐに異変に気がついた。港ちゃんはとても黒かった。取り上げくださった産婦人科の先生は、 「 五体満足な男の子ですよ。先生おめでとう。」 と、言ってくださった。確かにそう言った。富士子はその産婦人科の先生の子供たちの家庭教師をしていたから何年もの付き合いがあり信頼もしていた。五体満足と言われた港ちゃんは10年前に生まれていたら決して助からない命の心臓病だった。でもそれは随分と経ってからわかった事で富士子にも誰にもわからない事だった。子供病院へ行くまでの2週間の間、産婦人科から総合病院へ運ばれた。港ちゃんだけ運ばれて富士子は産婦人科に残された。「出産直後の母体の安全の為。」 と、言われた。港ちゃんは救急車で運ばれたのに産婦人科の看護師さんも乗って行って帰りのタクシー代を請求された。頼んでもいないのに何故患者に払わせるのかと不思議に思ったのを今でもハッキリと覚えている。沢山のの検査を毎日したにもかかわらずハッキリとした病名はつかない。心臓を見る事が出来ないのだから仕方ないのだろうが、ただ一つ確かな事は10年前に開発された薬を点滴し続けなければ、すぐに死に向かうという事だった。
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