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もう警察官が追ってこないだろうと思える距離まで離れると、俺は自転車の速度を落とした。少し息が上がっている。
すると、
「あっ……」
俺の背後で、茜がふいに声を上げた。
「紅葉が……」
茜の声に釣られて視線を向けると、俺たちはいつの間にか『大山参道』の前にいた。
大山巌元帥とその一族の墓所に続く『大山参道』は、紅葉並木になっていて、ここ数日でぐっと冷え込んだ気温で紅葉が進んだのか、赤く鮮やかに色づいている。
その美しさに心奪われ、思わず自転車を止めると、
「綺麗……」
茜が「ほぅ」と溜息をついた。
「……見て行く?」
「いいのですか?」
俺は茜を荷台から降ろし、参道の側に自転車を停めると、紅葉のアーケードに入った。
ふたり連れ立って、真っ赤に染まった紅葉の中を歩く。
赤い袴姿の茜は、どこかこの風景に馴染んでいて、俺は喫茶店のポスターで見た『明治貴族が描いた未来』の文句を思い出し、まるで、今まさに、明治時代の女の子と歩いているような気持ちになった。
「茜は……一体どこから来たんだろうな」
思わずぽつりとこぼしたら、
「……遠い昔から」
茜もぽつりとつぶやいた。
「えっ?」
もしかして何か思い出したのかと思って、目を見開いて彼女を見ると、茜は寂しそうに微笑んでいた。
「私、思い出しました。なぜ、逃げたかったのか……」
そして、
「私、結婚するんです」
諦めを含んだ声音で、茜は言った。
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