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「結婚?」
茜はきっとまだ、俺たちと同じぐらいの年齢のはずだ。
「茜はまだ10代だろ?結婚なんて、早すぎないか」
俺が疑問を口にすると、茜は不思議そうに、
「そうなのですか?私の周りの女学校のお友達は、どんどん結婚していっていますよ。だから、普通だと思います」
と小首を傾げた。
「相手って……誰なの?」
「お父様のお仕事の関係でお付き合いのある子爵様の御子息です」
「子爵?」
時代錯誤な身分を聞いて、今度は俺が首を傾げる。まさか、と思って、茜の顔を見つめた。
「君……一体いつから来たの?」
「こちらの言葉で言うと、明治時代、と言えばいいのでしょうか」
「……!」
信じてもらえるのかどうか心配だとでも言うように、少し困った顔で、茜は微笑んでいる。その顔を見ていると、嘘を言っているようには思えなかった。
「……じゃあ君は、明治時代から、その『子爵の息子』と結婚するのが嫌で逃げて来たのか?」
「……結婚自体は、それほど嫌ではありません。その方は、私の幼馴染ですので。ただ……結婚後、その方は東京を離れ、那須野が原という場所で、農場開設をされることになっているのです。私も、彼に付いて行かねばなりません。那須野が原は、荒れた何もない土地だと聞いています。……見知らぬ土地で、私は農場主の妻としてうまくやって行けるのかと、ただただ不安で…………」
俺は、茜が牛の写真を見て、表情を曇らせた理由が分かった。
俯いてしまった茜を見て、俺は唇を噛んだ。将来に不安を抱えている茜は、俺と一緒だ。
「俺も……茜と一緒なんだ。俺も、不安があるんだ」
俯く茜の綺麗な黒い髪と赤いリボンを見つめながら、俺は口を開いた。
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