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「……俺は高校を卒業したら東京へ行って、声優の学校に入りたいと思ってるんだ」
「せいゆう?」
茜が顔を上げ、俺を見つめる。
「声だけで演じる役者のこと」
「まあ!陸さんは役者さんを目指しているのですね」
感心したように目を見開いた茜に、
「でも、不安なんだ。東京へ行って学校に入ったら、本当に夢が叶うのか。きっと俺と同じように、声優を目指している奴なんていっぱいいるだろうし。それに、まずは両親と教師を説得しなくちゃならない。下手に夢を追うよりも、普通に進学して、普通に就職した方がいいのかなって……思ったりもする」
自嘲的に話す。
こんなに自信のない気持ちのまま、親と両親を説得するだけの熱量が出せるのだろうか。
そんな俺の気持ちを察したように、
「大丈夫ですよ、陸さんなら」
茜は、ふわりと微笑んだ。
「私、陸さんの声、大好きです。きっと、その……『声だけの役者さん』というものに、陸さんなら、なれます」
優しい茜の声は、俺の心にすっと沁み込み、不安な気持ちを解きほぐしていくように感じた。
俺は茜に微笑み返すと、
「気づいてた?茜が来る場所……那須野が原は、ここだよ。俺たちが住むこの場所。茜たちが農場を作って開拓してくれたから、今のこの町があるんだ。昔は本当に、石ばかりで水のない土地だったらしいけど、明治時代に疎水が出来て、たくさんの華族の偉い人たちがここに来て、農場を作ってくれたから、今は酪農や農業が盛んな土地になって……」
と語り掛ける。そして一旦言葉を区切ると、力強く、
「だから今、俺たちはここに住むことが出来る。茜達のおかげなんだよ。ありがとう」
と告げた。
「……!」
茜が俺を見上げて、息を飲んだ。
「きっと茜は、この土地でうまくやれるよ。俺が保証する」
笑顔で茜の手を取りぎゅっと握ると、茜は頬を赤らめた。
「あ、ありがとう……ございます」
俯き、小鳥のような声でお礼を言う。
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