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クラブの連中とよく遊びに来るカラオケショップに行くと、平日で空いているのか、3人しかいないのに広いパーティールームに通された。
「おおっ、すっげー!」
ミラーボールを見て、涼介のテンションが上がっている。
まずはフリードリンクを取りに行き(ここでも茜はドリンクの入れ方が分からなかった)、部屋に腰を落ち着けると、涼介が早速リモコンを取り上げた。
手早く操作する涼介に、
「何歌うの?」
と聞くと、ネット動画がきっかけで有名になった男性アーティストの曲名が返ってくる。
「お前、その歌好きだな。いつも歌ってるよな」
「いいだろ。好きなんだから。なら、お前は何歌うんだよ」
「そうだな……」
俺がリモコンを操作している間に、涼介の入れた曲が鳴り出した。
マイクを取り上げ、ノリノリで歌い出した涼介を見て、茜が口をぽかんと開けている。
「茜、この歌、知ってる?」
知らないだろうなと思いながら一応聞いてみたら、案の定、
「知りません……」
と返って来た。
「こんなに激しい歌……初めて聞きました」
「激しい歌って」
茜の言い回しがおかしくて、思わず吹き出してしまった。
確かにこの曲はアップテンポだが、茜が言うほど激しいとは思わない。
「なら、茜は普段、どんな歌を聞いているの?」
興味を引かれて問いかけてみると、
「『野ばら』や『ちょうちょう』などでしょうか」
との答えが返って来た。
「ええと……それって誰の歌?」
「誰?ドイツ民謡です」
「ドイツ民謡?」
ドイツ民謡を好んで聞くだなんて、茜の素性がますます分からない。
もしかすると、こんなに色んなことを知らないだなんて、帰国子女だろうか。いやでも、ドイツにだってハンバーガーショップぐらいあるだろう。
俺が首を傾げている間に、涼介の歌が終わってしまった。
まだ何も曲を入れていなかったので、間が開いてしまう。
「なんだよ、まだ何も入れてないのかよ」
涼介が呆れたように俺を見た。
「ああ、ごめん」
俺は慌ててヒットチャートの中から曲を選ぶと、データを送信した。
すぐに音楽が始まったので、涼介の持っていたマイクとリモコンを交換する。
歌を歌うのは、好きだ。そもそも俺は、声を出すのが好きだ。演劇部の発生練習なんかも、他の連中はかったるいなんて言うが、俺は好きだった。
俺はゆったりとした伴奏に声を乗せて、気持ちよく歌い上げた。
歌が終わってマイクを置くと、茜がキラキラした目で俺を見つめ、手を叩いていた。
「陸さんの歌声、とっても素敵です。私、この歌、好きです」
きっと初めて聞く歌だろうに、茜が手放しで褒めてくれる。
俺は照れ臭くなって、茜から目を反らした。
「……ありがとう」
「私、初めてお会いした時から思っていたのですが、陸さんの声って、丸みがあって優しくて……聞いていてとっても安心します」
ふふっと笑顔を向けられ、ますます彼女と目が合わせられなくなってしまい、
「……茜も、何か歌えば?」
つっけんどんに言ってリモコンを差し出した。
「ええと、これはどう操作すれば……」
相変わらず困惑した様子だったので、
「何を歌う?」
俺は気を取り直して茜に向き直った。
「では『野ばら』を」
ドイツ民謡なんて入っているのか?と思ったが、意外にも入っていたので、データを送信する。
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