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涼介が既に何曲か入れていたので、彼が歌い終わった後、ようやく茜の番になった。
マイクのスイッチを入れて茜に手渡すと、彼女は伴奏に合わせて、朗々と歌い出した。
「……!」
「すっげー!」
茜の歌を聞いて、俺は息を飲み、涼介が口笛を吹いた。
茜の歌声は高く綺麗に伸び、まるでプロのソプラノ歌手のようだ。
「鳥がさえずってるみたいだ」
思わずそうつぶやくと、涼介が同感だとでも言うように頷く。
茜は俺の声を褒めてくれたが、俺の方こそ、茜の声に魅了されていた。
「お粗末様でした」
茜は歌い終わると、俺たちに向かってぺこりと頭を下げた。
「茜ちゃん、マジすごいな。すっげー歌うまいし。実は正体はアイドル歌手だったりして?」
「あいどる?」
「すげー可愛いくて歌が上手い女の子だってこと」
涼介の称賛に、茜が頬を染めている。白い肌にほんのりと赤みがさした茜は愛らしくて、涼介の言う「アイドル」という言葉が、なまじ嘘ではないような気がした。
けれど、彼女のそんな表情を引き出したのが涼介だという事に、わずかな悔しさを感じて、俺は立ち上がると、
「ドリンク取ってくる」
と言って部屋を出た。
ドリンクバーでグラスにアイスコーヒーを入れながら、茜は一体何者なんだろうと考える。
(もしかして、記憶喪失だから、ハンバーガーのこともカラオケのことも分からなかったのかな)
記憶喪失が実際どのような症状を引き起こすのかよく知らないが、名前や言語は覚えていても、特定の事柄だけ忘れている、なんてこともあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、ミルクとガムシロップを取っていると、
「もしもし……お巡りさん?」
レジカウンターからどこかに電話を掛けている店員の声が聞こえて来て、俺はなにげなくそちらに目を向けた。
「制服姿の子がふたり、和服姿の女の子を連れて来てるんですよ。平日の昼間におかしいなと思って。ちょっと見に来てもらえますか?」
まずい。
どうやら、制服姿でカラオケに来た俺たちのことを不審に思われて、警察に電話を掛けられてしまったようだ。
俺は急いで部屋に戻ると、涼介と茜に、
「出るぞ。警察が来る」
と声を掛けた。
「えっ?俺たちがカラオケにいるのがバレた?」
「店員に通報された。茜、行こう」
茜を急かすと、俺たちは部屋を出た。
さすがにお金を払わずに店を出るわけにはいかないので、そ知らぬふりで会計を済ますと、店を出るなり、自転車に飛び乗った。
「なんか、逃亡犯みたくて、かっこよくねえ?俺たち」
涼介が楽しそうに笑っている。
「学校にバレたら、絶対に怒られるな」
しかも、今日は進路指導までサボっているのだ。
でも、愉快だ!
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