ハロウィンの夜と人間の性《さが》

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 中学生になったころから、二人のどちらかが会社に泊まるようになって、その間家の風呂掃除や食器の後片付けは俺がやってた。一人でいるのは慣れてたけど、時間がありすぎて何をやっていいのか分からなかったな。  高校に通うようになって、ようやく少し自分の気持ちを他人に言えるように なってきた」アダムは過去のことを語り終えると、隣で眠っている尺八とバーバラを起こさないようにして立ち上がり、二人の体に毛布をかけた。  「こいつが人間になるなんて、びっくりしたよ。しかもすげえ美男(びなん)。一緒に旅する中で会話できたら、人間のことをどう思ってるか聞いてみたいな」「そうね。私も、話してみたい」二人は小声で笑いあった後、元いた 座席に戻った。  それからまもなく、機体はアメリカの空港に到着した。どうやら三人が乗ってから10時間以上経っていたようだ。荷物を棚から降ろし、外へ出ると目の前にニューヨークの街並みが広がっていた。まわりにはサンドイッチなどの軽食を買って外で食べている若い女性二人や、髪を黄色く染めてギターを弾いている30代ぐらいの男性がいた。  「いろんな店があるな。どこに入る?」と二人に聞くと、「サンドイッチが 食べられるお店に入りたい。あそこおいしいんだって」と満面の笑みを浮かべながら返される。「よし、じゃあそこに行こう」  店に向かおうとしたとき、突然黒いシャツを着た男がジェーンの背後に近づいてきて、彼女の口に粘着テープを巻き「Do not move!」と叫んだ。  「Let her go!」と叫び返し、アダムはリュックから懐中電灯を取り出して ゆっくりと男に近づき、腹にめり込ませた。倒れこむ男の腕を、バーバラがしっかりとつかむ。その間に尺八がジェーンのそばに行き、口に巻かれた粘着テープをはがした。「大丈夫か?」と低い声で静かに聞く彼に、ジェーンは鼻をすすり、ハンドタオルで涙をふきながらうなずいて「ありがとう」と礼を言った。  10分後、男は警察に連れて行かれた。ジェーンが落ち着いたところで静かなクラシックが流れる喫茶店に入ることにした。真ん中の席に座ると、窓から通りを行き来する人々が見えた。メニューを見る。サンドイッチやホットドッグ、コンソメやコーンのスープなど多くの種類がある。  「俺は温かいコンソメのスープとホットドッグにするよ。みんなは何がいい?」「私はハムサンドとコーンスープ」「私はパンケーキとミネストローネ」「おれはホットドッグとトマトスープにしよう」アダムはメニューを閉じ、手をあげてウエイターを呼んだ。  注文を終え、三人に向き直る。「さっきは驚いたな。・・・ジェーン、怖い 思いをさせてごめんな。これからはもっと注意を払うようにするから。バーバラ、お前の素早い動きには舌を巻いたよ。そして尺八。ジェーンを助けてくれてありがとう」  彼の言葉に、三人は驚いて目を丸くする。それから「もう平気だから」「動きを封じるほうがいいと感じたからです」「あなたの力になれたのなら、ほっとしている」と口々に言った。  先ほどのウエイターが再び彼らのテーブルにやってきて、コーンとトマトスープの入ったカップとホットドッグ、パンケーキをそれぞれ四人のところに置き、「ごゆっくり」と流暢(りゅうちょう)な日本語で言って店の奥へ入っていった。  四人はサンドイッチとホットドッグ、パンケーキをほおばる。「おいしい」とジェーンが幸せそうに微笑む。尺八も「人間の作る食べ物は、こんなにうまいのだな」と呟いている。みんな、表情が柔らかくなっていた。  昼食を食べ終え、会計を済ませて外に出ると、街のあかりがつきはじめた。 黒猫の仮装をした幼い男の子や、魔女の格好をして杖を持った若い女性があたりを歩きながら楽しそうに友達と話している。          
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