ハロウィンの夜と人間の性《さが》

3/26
前へ
/26ページ
次へ
 ホテルに着くと、アダムが学生証を出して「We want to stay here for three weeks.」と受付の女性に伝える。女性は満面の笑みを浮かべながら「Please enjoy traveling America!」と言って四人を部屋に案内する。  中に入ると、ベージュのシーツがかけられたベッドが二つ置かれていた。  「あれ、ここアダムとバーバラの部屋?私たちは?」そうたずねるジェーンに、アダムは苦笑いしながら「ごめん。お前と尺八は隣の部屋なんだ」と返した。ジェーンは恨めしそうに彼のほうを見ていたが、尺八とともに隣の部屋へと入っていった。  木製の机に座り、彼はリュックからシャープペンシルと便箋を取り出す。「なんで彼女と部屋を同じにしなかったの」とバーバラがアダムにたずねる。  「あいつはいつも、俺と話すことが多くてあまり他の人には声をかけることがないからな。尺八と時間を過ごすことで、知っていることがまた増えると思ったんだ」と答えると、「確かに」と返された。窓の外からは子供や大人たちの楽しそうな声が聞こえる。  「みんなにぎやかだよな。一年に一度しかないものだから当然か」とため息をつくアダムの隣に座り、バーバラは彼に微笑みかける。「今夜は月がとても きれいだよね。本が何冊も読めそう」そう言って彼の机の上にある本にそっと 指を乗せる。  「これ、ハロウィンで使われるカボチャのランタンの絵が描かれてる」「本当か?」「うん。・・・おばさんもよく、カボチャをくりぬいて作ってたっけ」バーバラの呟きに、アダムは静かにうなずく。「小さい時は、今ほど俺の両親の仕事が忙しくなかったな」二人は空を見上げる。丸い月に雲がかかりはじめていた。  「風呂入ってゆっくりしてこいよ。俺は手紙書いてるから」と言って、アダムは部屋の奥を指差す。バーバラはうなずいて、用意しておいた着替えを持って浴室に入る。  せっけんで体全体を洗い、流した後に髪にコンデショナーをつけると、光沢 が出た。浴槽に入ると、思わず「はあ~」とため息が出た。旅に出る前、家で 祖母から言われた言葉を思い出し、「あんな女なんて知るか!」と心の中で 叫ぶ。  シャワーを勢いよく流してから止め、浴室を出る。薄い紫色の長袖パジャマに着替え、「気持ち良かった」とアダムに声をかける。彼は手を止めてこちらを向き、「そりゃよかった。手紙書き終わったから、俺も入ってくる」と言って浴室に向かっていった。  バーバラは緊張しながら彼が戻ってくるのを待った。しばらくしてアダムがグレーのパジャマを着て彼女の隣のベッドに寝転んだ。「すげえいい気持ち」と満面の笑みを見せる彼に、心拍数が上がるのを感じた。  それぞれ自分のベッドに入り、二人はおしゃべりをしていた。「うちでは小さいころから、家族のつながりが薄かった。家にいるのは私だけっていうことが多いんだ」  「そうかー。その間、何をして過ごしてるんだ?」「読書。本を読んでるとたまに三毛猫のグルンがその上に乗るよ」「お前も猫飼ってるのか。かわいいよな」「うん」二人は小声で笑いあう。  「俺の両親はコンピューターを作る会社で働いてる。高校生になってから、二人の帰りが夜の11時を過ぎることが多くなった。眠くなるから、尺八と一緒に寝ちまうんだよな」と言って、彼は苦笑いする。  そうしているうちに二人は眠ってしまった。白いカーテンが風に揺れている。  夜の11時。不意に何者かがガチャガチャと音を立てて彼らの部屋のドアを 開けようとしているのに気づき、アダムはバーバラとともに息を殺す。  しばらくして鍵が壊され、金髪の大柄な男が大声で叫びながら部屋に入ってきた。バーバラの口にさるぐつわをかませて抱え上げ、そのまま階段を駆け下りて外にある車に乗り込んだ。  アダムはセーターとコート、ジーンズに着替えて外に飛び出し、静かに彼らの後を追う。彼の心には、「彼女を救う」という意思があった。        
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加