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第三章 「男の正体と家族」
朝7時。ホテルの中では多くの親子連れやサラリーマンがトレーを持って
フライドポテトやサラダなどを自分の皿に取っている。アダムたちも料理を取って窓際の席に戻った。
食べようとした時、「Excuse me.」と白いワンピースを着た40代ぐらいの女性が彼らに声をかけてきた。彼女の後ろには中学生ぐらいの少年と少女が不安そうな顔で立っている。
「What?」とアダムがたずねると、「We are family of the man who kidnapped your friend.」と彼女は言った。アダムは驚いてしばらく言葉が
出てこない。女性は流暢な日本語で続ける。
「私の名前はアリシア、後ろにいるのは息子のトムと娘のマリーです。夫はこの近くにあるマンションの建設現場で働いていました。とても家族思いな人で、明るい性格でした。
でも今年に入ってから仕事を辞めた後、私たちとも話さなくなり、深夜になると誰かに会いに行っているようでした。他の人に大声で暴言を吐くことも増えていきました。バーバラさん、怖い思いをさせてしまって本当にごめんなさい」女性はそう言って、深く頭を下げた。
「昨晩二人の部屋に行ったら誰もいなかったから、何かあったとは感じていた。アダム、肩を撃たれたんだろう?平気なのか」と白いワイシャツに紺のジーンズ姿の尺八が小声で呟く。
アダムはうなずく。「うん。病院で医者に診てもらって、包帯もきちんと巻いてもらったから」彼の言葉に、三人はほっと息を吐く。女性とその子供たちも、安堵の表情を浮かべていた。
「ありがとうございます。私はこれから、しばらく実家で子どもたちと過ごそうと考えています。また家族で暮らせるように、準備をしながら」と女性は
きっぱりとした口調で言い、三人に向かって手を振りながら去って行った。
「気丈な女性だな」レモネードを飲みながらアダムがそう呟くと、他の三人もうなずく。「私の母方のおばさんと似てるんだよね、髪型とひかえめなしゃべり方が」とバーバラが言い、バッグから一冊の絵本を取り出した。表紙に
白猫が描かれている。
「小さいころ、よくおばさんに読んでもらってた。私の家は、家族の間に
いつも何かトラブルが起きるのが当たり前で、きつい言葉を言われたことも
ある。でも、彼女と過ごす時間はほっとできた」そう語るバーバラの瞳は少し
うるんでいた。
「おばさんとは電話で話したりするのか?」とアダムが質問すると、「時々ね。最近はてんかんの発作がよく起きるみたいで、病院に行くことが多いから
なかなか会えないけど」と答えた。
「おばさんにお土産持ってってあげたら?きっと嬉しいと思うよ」と提案してきたのはジェーンだ。「じゃあドライマンゴーを買おうかな。彼女と私の大好物なんだ。いつもうちに来た時に持ってきてくれるから」目を輝かせるバーバラに、アダムが何かを思い出した様子だ。「この近くに、新鮮なドライフルーツを売っている専門店があるぞ。実は一度、父さんが留学でここに来た時に一緒に行ったことがあるんだ」一同は驚いて目を丸くする。
「これからそこに行こうよ!ドライフルーツって食べたことがなくて、気になってたんだ」「俺も初めてだから、少し楽しみだな」
四人は朝食を食べ終え、ホテルのフロントに「外出します」と言ってから
外に出た。空を見ると、昨日のような曇りではなくよく晴れている。
「気持ちいいよな、こういう日って。楽器の演奏や歌を歌うには一番いい」
と通りを歩きながらアダムがジェーンに話しかけると、「うん。私の大好きな天気」と満面の笑みを浮かべる。
アダムにとって、仲のよい人たちと旅をすることや楽しく語らうことは初めての経験であり、何もかもが新しかった。部屋で家や家族のことを考えた時、
「帰りたくない」という気持ちが心の中にあると感じるのであった。
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