不変の違え道

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不変の違え道

今夜は星も月も出ない夜。分厚い雲に覆われて、すっかり隠された煌めきは日中の悪天候を見れば明らかだ。 ぬかるんだ土は、がぼがぼと靴に音を立てさせる。その皮越しの不快感に自然と顔が歪む。 ……こんな所、あいつに歩かせたくない。美しい足がこの泥濘に取られて転んだり、汚れたりして欲しくないからな。 嗚呼、あいつを屋敷に置いてきてしまった事に胸が痛む。 使用人達は極力入らせないようにはしたが、それでも心配なのは弟や妹達だ。 あいつらは平然と俺のテリトリーを侵してくるからな。 もしあいつにちょっかいかけることがあったら、まかり間違って殺してしまうかも。 姿をその瞳に映してもその目を潰してしまおう。 俺はもう決めたのだ。後悔などしたくない、と。 「……あら。ヤンデレ狼さんじゃないのよ」 草木がざわめいて、同時に耳に覚えのある皮肉めいた物言いが聞こえてきた。 「アメリア」 あまり呼んで気分の良い名前では無い。 何故なら、俺はこの女が嫌いだからだ。 「なによ人の顔みてする表情じゃないわよね、それ。相変わらずムカつくわぁ、あんた」 聖女アメリア。旧い教会の娘。 一見すると地味な格好をした町娘だ。しかしその実、彼女ほどの野心家で狂気に満ちた性格の女を俺は知らない。 「そうそう。あの吸血鬼さんは元気かしら。可哀想に、今夜も泣かされていたんじゃなくって? 絶倫なご主人様持って本当に気の毒よねぇ」 「淫魔が何言ってやがる。それにあいつは俺の奴隷でもなんでもないぞ」 アメリアは魔女であり、淫魔でもある。つまり悪魔の種族で、人間界にその身元を隠して暮らしている。 こいつが彼を今も誑かし続けていると思えば腹も立つが、バラしてしまうメリットはあるだろうか。むしろ意味の無いことだろう。 嗚呼、だから俺はこいつが嫌いだ。 「ふふっ、恋人とでも名乗るつもり? おこがましい犬ねぇ」 「うるせぇ。あいつはどういう肩書きがあれど、俺のものだ。誰にも渡すつもりは毛頭ない」 もちろんこの女にもだ。 約束を破れば手足を引きちぎってバラバラにしてやる。そして血をこの森にぶちまけ、内蔵をボロ教会の十字架に引っ掛けてやるよ。 薄汚い売女の受ける罰としては妥当だろう。 「まぁまぁ、怖い顔して。ほんと良いくらいに狂っていて好きよ、あんた」 「俺は嫌いだがな」 「うふふっ、つれないわね。……で、今日はなんの用かしら」 そう。俺は何も遊びに来た訳じゃない。人間界なんて、用事がなけりゃ来るものか。 しかし、こいつというより。 「キャロルはどこだ」 俺が腹違いの妹の名を口にした途端、アメリアの表情にわずかに不穏なモノが混じる。 「……彼女に、なんの用事かしら」 すぐに繕われた顔色は貼り付けたように笑み。 相変わらず人をくったような女だ。しかし、我が腹違いの妹がどうやら彼女の心の隙らしい。 ……ふん、面白い。覚えておこう。 利用できる日が来れば、の話だが。
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