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「親父が会いたがってな。ほら愛人が勝手に産んだ落胤だろ。……年寄りは感傷的になっていけねぇな」
愛人ですらないかもしれない。
親父には数多くの一夜限りの関係が存在したという噂だ。我が父親ながら本当に……反吐が出る。
ちなみに俺は一人を愛する。今も、昔もだ。
だからこそ今回くらいは親父の媚びを売る必要があったのだが。
「キャロルはねぇ……今は多分、碌に話せないわ。意識もあるかどうか」
クスクスせせら笑いながらそんな事を言うこの女を、一瞬だけ捻り殺したくなった。
……まぁこの女がキャロルを大人しく渡すとは思ってねぇがな。
「どういう事だ。……まさか殺したか」
キャロルは自分を人間と獣人のハーフ、半人狼だとは知らない。それどころか、魔界の住人であるフィンを人間の身勝手な偏見も正義感で殺そうとしやがった。
これをこの魔女の差し金とは言わねぇが、それでも限りなくクロに近い。
しかもその後、この女はキャロルを『改造』しやがった。
半人狼の力を覚醒させるだの何だの言っていたが、その動機はあの女の好奇心か。はたまた何かとんでもねぇ事を企んでいるか……どちらにせよ俺には関係ない事だ。
キャロルの事も俺は殆ど知らねぇし、向こうも認知してないだろう。当然情も湧くはずがない。
「バランスがね。難しいのよ。理性と本能との調整がね……」
「ふん、興味ねぇよ。親父には『死んだ』とでも言っとく」
せっかく借りを作るチャンスだったが仕方がない。
面倒事はごめんだからな。
「お前が何を企んでいるかは知らないが。俺とあいつには関わるな、絶対にだ」
釘を指す意味を込めてギッと睨みつけて言うと、アメリアは肩を竦めておどけて見せる。
そうして足元の花を一本手折ると、香りを嗅ぐような顔をして呟いた。
「私はただ居場所が欲しいだけ……誰にも迫害される事のない王国がね。あんたみたいな甘ちゃんには死んでも分かんないでしょうけど」
「……」
こいつがどんな人生歩んできたのか、俺に知る由もないし知りたいとも思わねぇ。
しかし恐らく今するべきは沈黙で、そのまま立ち去ることだろう。
俺はその直感に従った。
「……ねぇ」
魔女に向けた背中に、鋭い声が突き刺さる。
「あんたの望みは何? 真実を隠して、愛する人に憎まれてでも得たいモノってなんなのよ」
俺は黙って首を振った。
答えるつもりはない。俺自身、上手く言語化できるか分からなかったからだ。
ただ俺は、あいつが欲しい。俺だけの、お姫様が欲しかっただけだ。
それこそ今も、昔も……それだけは変わらない。
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