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あの夜、町はオレンジ色のかぼちゃと灯りで満たされていた。
妖精や精霊、悪魔幽霊魔物まで。仮装した子供たちが練り歩く。
その中に紛れ込む『本物達』は彼らが思うより沢山いたはずだ。
そう、当時はまだ人間界と魔界の門は開かれていた。
特にハロウィンの収穫祭の夜。浮かれた本物達がお菓子をねだりにやってくる。
公然の秘密……大人達だけは知っていた、普段見かけない奇妙な姿の子供たち。
それでもお菓子を渡す腕やその瞳は柔らかく、優しい色に満ち溢れていたのだ。
―――俺達も、あの夜だけは堂々と連れ立って歩くことが出来る。
人狼と吸血鬼。同じ魔族であるのに、さながらロミオとジュリエットだと思う。
俺はそれでもこの戯曲なんかより美しいお姫様を守りたいと思ったし、欲しいと思っていた。
キスをして、刷り込むように囁く。
『俺のお姫様』と。
そして彼に言わせた『私の王子様』
ガキと言えどそれだけの覚悟が俺にはあったと言っておこう。
……そしてあの日。
いつもと同じように、仮装した体で町に飛び出した。
俺は黒いマントを付けて。
フィンは紅いフード付きのコートを着せて、下にはやはりスカート穿かせて。
女装は嫌、と言われた時もあったが『これは変装だよ。大人たちにバレたくないだろ?』と困ったように諭せば渋々頷く。
彼は俺の言うことはなんでも聞くからな。
しかしその年だけ違うことがあった。
……菓子を貰った家の中に足を踏み入れたのだ。
その家は去年まで老夫婦が住んでいたのに、出てきたのは彼らよりずっと若い男女であった。
女の細めた目尻に小さなホクロがひとつ。男の顔の頬に縦に薄い傷跡。
彼らはニコニコと歪な笑みを浮かべながらも、俺達に家に入るよう執拗に誘ってきたのだ。
『お菓子沢山あるよ』
『果物もあるわ』
『お友達もいるよ』
『ほら、靴があるでしょう?』
顔を見合わせる俺達に大人たちは宥めすかすように言葉をかけて手を差し伸べる。
その優しげな仕草に愚かなガキ共は騙されて、手に手を取って促されるままに靴を脱ぐ。
小さな靴が所狭しと並んでいて、その一番端っこに揃えて置いた。
それが大きな間違いであり、その数分後に家が血塗れの世界へと変貌する……それは運命だったのだろうか。
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