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紅顔の悪魔
昼夜のハッキリしない空色。うすらぼやけたような紫の大気は魔界ならではだろう。
だって人間界はあんなに澄んでいるのか不透明なのか分からない抜けるような青い空もあれば、分厚い灰色や黒い雲に覆われまた閉塞感を感じる空もある。
他にも橙や黄色、朱色に染まった雲や空が存在するんだ。
本当にあそこは素敵な所さ。
……綺麗な女も沢山いるし。
「あーあ。久しぶりに会いたいなァ」
麗しのガールフレンド達、元気かな。
ま、大多数が眠っている間の吸血だったから一方的な関係だけどさ。
お忍びで人間界来て、こっそり吸血させてもらってたからな。
ほら、さすがに白昼堂々と声掛けて血を吸わせてくれる女の子っていないだろうし。
「それがこのザマって……情けねぇ」
ここ最近、男の血しか吸ってないとか。
ようやく薄らいできた筋肉痛という身体の痛みと、尻の違和感。でも相変わらずオレの目にすることができる外の世界は鉄格子の向こう側……切な過ぎる。
「ハァ……」
「おやおや。ため息をつく姿も可憐で良いですねぇ」
「っ!? ……ああ。また君か」
今度はベッドに腰掛けていた美少年。悪魔のローガンだった。
っていうか全然気が付かなかったぜ。気配すらさせず。もちろん転送かなんかの魔法使っているだろうが。
「悪いけど、オレは男をベッドルームに呼ぶ趣味してないぜ」
「男の方が勝手に部屋に通って来るタイプですもんねぇ」
「チッ……気色悪ぃ」
軽く返した言葉を半笑いの皮肉めいた物言いで、打ち返されて鼻白む。
このガキのナリをした悪魔は、見た目に全く似合わない色と媚びを滲ませた目付きでオレを見る。
すると何故か心まで見透かされて、丸裸にされているような心もとない気分になる…ような。
さすが悪魔といった具合だが、オレは実のところ迷っていた。
「ねぇ。契約の事、考えてくれました?」
ベッドのスプリングを小さく軋ませて、にじり寄る小柄な身体。オレは目を逸らしながらも、視界の端っこでその姿を追っている自分に気が付く。
「オレには失った記憶がある、そういう事だよな」
しかもそれはあの夜のこと。
どれだけ記憶を探ってもオレ達の身に何があったのか思い出せない。
しかも擦り切れてぼやけたのではなく、スッパリと切り落とされたように途切れた思い出。そこに恐らく秘密があるのだろう。
レミーがああなってしまった原因が。
オレの目の前から姿を消して、突如出てきた許嫁の存在。そして今になってからのオレに対する執着。
全てがこの時にあるんだ。
「嗚呼そうだ。ボクだったら貴方をこの牢獄から連れ出してあげることも出来るのですよ? ねぇ……囚われの『お姫様』」
「君までオレを女扱いするのか……ふんっ、変態ばかりで困るよなァ」
「あははは。本当に可愛らしいお方ですね」
シーツの上についた手に、悪魔の指が重なる。
ひどく冷たくて、思わず身震いしてしまうほど。にこり、と笑った顔は可憐で花のようだ。しかし、その瞳は相変わらず塗りつぶしたような黒目がち。光を反射しきれぬそれは誰をも映さないのかもしれない。
……本心を隠し、他者を誑かし対価を得ようとのみ心血を注ぐ悪魔族らしいじゃあないか。
「真実を知り、ここから出るために必要な対価は?」
オレの問に、ローガンがゆっくりと舌なめずりをして答えた。
「さぁて。『お気持ち』ですがねぇ……少し値が張る、かも」
「変にぼかすのはやめろ。オレだって暇じゃあないんだぜ」
人をくったような様子に苛立って睨みつければ。
「まぁまぁ、そんなお怒り召さるな……そうですねぇ」
この狡猾な少年悪魔は更に距離を詰める。
肩と肩、耳と唇が触れる位の所まで。そして笑みを存分に含んだ声色でこう言ったのだ。
「……貴方の魂、での御支払いになりますけど」
魂、か。
そもそも魂という価値というか価格帯がよく分からない。同じ魔族であっても通貨を作ってやり取りする種族もいれば、こうやって彼ら独自の価値感でやり取りする種族もいる。
それは結構だが……。
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