紅顔の悪魔

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悪魔の背中越しに見た人狼の瞳は……紅く怒りに燃えていた。 「れ、レミー……」 冷水を浴びせられたようにヒヤリと背中が冷えた。 そして同時に心臓がギュッと痛む。 「っぐ……ぁ、はぁッ、ぁ……」 痛みと苦しみに、心臓を掻き毟るように蹲った。 ……息が上手く出来ない……なんだいきなり、これも呪いなのか!? 「アンタ、結構最低ですね」 蹲った後にのたうち回るオレの耳に、レミーと同じくらい冷たい声のボーイソプラノが聞こえる。 明らかに軽蔑を含んだ声は、恐らく未だ部屋の入口に佇む人狼に向けられたものだろう。 「魔女の力借りて。それでこの人を縛り付けようってか……今のは『罪悪感』で効力発動するみたいだな。浮気防止機能にしてはタチが悪い」 「……こいつは、俺のだ。悪魔はさっさと消えろ」 糾弾になんの反応もなく発された言葉。低い声は怒りに満たされている。 駄目だ。これは。 「れ、レミー……違う、違うんだ……彼は」 「フィン。お前は心配しなくていい。お前が俺以外のやつと……そう『姦通』すればすぐに分かる」 どういう、ことだろう。まさか……。 嫌な予感に心臓の痛みと共にざわめきが起こる。 「貴方、ガッツリ浮気防止の呪いかけられてますよ。……内腿の、その焼印に心当たりは?」 「え? あっ……」 左の内腿、付け根辺りに小さく焼かれた後が。文字のような模様のような。 いつ間に付けられたのだろう。セックス中か、終わって意識朦朧としていた時か。 ……あいつの血を飲まされていた時か。 めちゃくちゃになって、狂ったように快楽を貪っていた時か。記憶も曖昧だ。 「俺の妻を拐かそうなんて、えらく勇気があるじゃねぇか……四肢引きちぎって芋虫にしてやろうか。それとも、心臓抉って食わせてやろうか……なぁ? 今なら見逃してやってもいい。彼を離して消えろ、薄汚い悪魔風情が」 恐ろしげな笑みを浮かべ、ゆっくりと近付いてくる。 毛足の長い絨毯も乱暴に踏みつけながら、その靴にはほんの少し泥汚れが。 もしかしたら人間界に行ってきたのかもしれない……。 普段は琥珀の瞳が紅い。透明度の高いそれはオレを射抜くように見つめ、今にもい殺されてしまいそうだ。 オレは思わず悪魔に囁いた。 「ろ、ローガン。早く逃げろ!」 この男、とんでもなく病んでやがる。脅しとかじゃあない。本気で彼を、いやオレに近づく奴を全て消すつもりだ。 「レミー、駄目だ! 話を聞けって、おいッ! 来るなっ、止まれって……!」 「フィン、俺の『お姫様』……俺はお前の『王子様』だろう。」 叫ぼうが、拒否しようが。 彼は何やらブツブツと何やら言いながら、歩み寄ってくる。 「……フィン。貴方、人間界での童話っていうの知ってます?」 「は? こんな時にっ……」 突然とんちんかんな事を言ってきたローガンに、オレは苛立ちを感じる。 彼だけでもさっさと逃がしたい。別に悪魔を助けたいとかじゃあない。 彼に、レミーにローガンを殺させたくない。 誰も殺して欲しくないんだ。 「こんな時だから、ですよ。ほら白雪姫、知ってます?」 「し、白雪姫ぇ? 確か」 妃に憎まれて殺されかけた姫が小人たちと暮らして、妃に化けた老婆に毒林檎食べさせられて……。 「そうそう。そして最後どうやって目覚めますか?」 ローガン、意味が分かんねぇよ! なんでいきなり人間界のおとぎ話クイズになってんだ! 「ええっと確か、棺が揺れて……」 「そっちじゃなくて。改訂版ですよ」 王子がネクロフェリアの奴だろ。 嗚呼、どこの世界の『王子様』も変態だらけなのかなァ。なんか幻滅しちまうぜ。 『お姫様』もよく好きになるよな……オレなら無理。やっぱり性癖はノーマルじゃないと……って。 「き、キスして目覚める?」 だっけか。以前、あの教会の娘アメリアが本を持っていた気がする。 自信なく答えると、紅顔の美少年は満面の笑みを浮かべて深く頷く。 「そ。ご名答……じゃ、目覚めて来てくださいな『お姫様』」 「ぅわわッ……!!」 突然、凄い力で突き飛ばされた。
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