紅顔の悪魔

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吸血鬼と人狼。同じ魔界にあるのに、水と油の関係。何故仲が悪いのかすらもはや双方分かってないんじゃあないか。 それくらい古い歴史でのいがみ合いの種族。 『ロミオとジュリエット』のようだと言った奴もいたっけ。心中自殺があった噂も聞いたことがある。 ……でもそんなのは幻想だよ。 こいつは過去の幼い恋に、いや執着に取り憑かれているだけだ。 そうでないと、彼も彼の一族も救われないじゃあないか。 いくらいけ好かない人狼でも、道を外れていくのは見ていられない。……見たくないというのが本音だ。 「オレはお前の『お姫様』にはなれない」 勿論、愛人や妾にもな。 オレは手を伸ばし、その綺麗で滑らかな肌の頬に触れる。昔もこうやって見上げたっけ。 あの頃はもっと身長差は少なかったが。それでも、今みたいに深い色の瞳は宝石のようにキラキラと光を乱反射しそうで、大好きだったよ。 「フィン……」 嗚呼、ちくしょう。そんな声、縋るような甘い声を出さないでくれ。オレはこいつのこの声に弱い。 女装をせがまれた時も、初めてのキスを奪われた時も。薬指に指輪と称した蔦を絡ませた時も。 この声と顔で『お願い』されたのだ。 「なぁレミー。オレの記憶、返して」 薄々気付いてたんだ。きっとこいつ、オレの為にどこぞの魔女に頼んで呪いをかけてもらったんだと。 切り取られた記憶、それはきっと忘れなければ壊れてしまうほどの悪夢だったのかもしれない。 オレを守る為に、ガキのくせに一人で全て抱えたんだ。それがつまり……。 「駄目だ。嫌だ。絶対に」 「レミー」 首をぶんぶん降って嫌だ駄目だと繰り返す、図体のデカい男はまるであの頃と変わらない。 オレはどうだろう……。 「なぁ。レミー……君はオレを愛してる?」 「フィン……俺、俺は……っぁ……っぐ、ぅ……ッ」 オレの言葉に彼は突然、まるで喘ぐように苦しげに表情を歪める。絞り出そうにも声が出ない、と言った風情で。 さらにオレを抱く手の震えが酷くなる。 顔色がどんどん土気色に染まるが、その手で胸や喉を掻きむしることもせず、ただオレの身体を支え抱いている。それはもはやすがり付いているように。 オレは途端怖くなった。このままじゃあ彼は死んでしまうんじゃあないか。 恐慌状態に陥ったまま、オレは思わず叫んだ。 「レミーもういいからッ! 答えなくていい!」 きっとこれも呪い制約だ。ローガンが魔女の名を口に出来ないのと同じ。 何をキー(鍵)にしているのかは薄々気付いたが。それにしても不可解ながら、強い呪いと魔法だ。 「フィン……俺は……ッ……ぁ……」 止めろといくら言っても、彼は口を開こうと言葉を紡ごうと足掻き続ける。 荒々しい息遣いも段々小さくか細くなり、震えていた両腕も力なくだらりと下がりきる前に。 「お、おいっ……レミー! 大丈夫かっ、おい……ッ」 崩れるように膝を折り、倒れ込む大きな身体を抱き留めようにもオレには無理なようだ。 土気色を超えて白くなった顔色と伏せられた瞼。閉じられた口元はわずかに痙攣したような震えが見られる。 「っと……! 危ないですねぇ」 「ローガンっ、君……」 一緒になって床にへたり込む所を、横から強い力で支えられた。 同時にすぐに近くで声がしたものだから、振り向くと随分下の方で見上げる視線に気がついた。 美少年悪魔は、小さく肩を竦めてそれらしいいたずらっ子のように笑う。 「戻って来たのか」 さっき逃げ出したのかと。 するとローガンは鼻の頭に少し皺を寄せてみせた。 「そうなんですがねぇ。なんかやっぱり癪に触ったものだからもう少し調べてやろうかと……そしたらなんかエラいことになってるじゃあないですか」 「まぁな。オレのせいなんだけど」 彼にあんな事聞かなければ。 女じゃああるまいし、『愛してるか』なんて。 罪悪感と焦りでどうにかなりそうだというのに、ローガンはそんなオレを見て楽しそうに笑っている。 「……ふふっ。少しだけ進歩したじゃないですか『お姫様』」 「君なぁ。こんな時に揶揄うなよ!」 空気読めっ、空気を! なんて苛立ちで声を荒らげるオレに、彼は子供を宥める大人のような鷹揚さで返した。 「はいはい。じゃ、とりあえずこの気絶した狼さんをベッドに、ね」 「くそっ……重てぇ」 何食ったらそんなにでかくなれるんだ、と文句垂れながらもゴリラ並みの怪力悪魔の手助けもあってか、何とかレミーをベッドにまで引きずって引き倒すように上に乗せた。 「っふぅ……なかなか大変なもんですねぇ。さて」 腰に手を当てて首を左右に動かしながら、コキコキと鳴らして悪魔はこちらに向き直る。 「一つ聞きます。貴方はこの人狼を救いたい? ……貴方を辱め、監禁した彼を」 「……」 言葉なく頷いた。即答だったと思う。 当たり前だ。彼を救えるのは幼馴染みのオレだけだろう。 「そうですか……じゃあボクも手助け、しましょうか」 この先彼が告ぐ言葉をオレは知っている。 こいつは悪魔だ。そうなれば、対価が必要だからな。 「オレの魂を、対価に」 「……宜しい。契約だ」 悪魔は恭しく手を胸に当て、お辞儀を一つ。 ―――その瞬間。 その華奢な肩の後ろ、背中から骨ばった黒い羽が羽ばたくように大きく広がった。 それは酷く禍々しい色と形でオレの目の前に現れる。悪魔の瞳は相変わらず、暗く深い闇色だ。 「フィン。悪魔の契約により、貴方の望みを叶えましょう」 ……初めてオレの名を呼ぶ、この悪魔の声はゾッとするほど甘く官能的な響きだった。
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