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仮面の収穫祭
転移魔法により連れてこられ、降り立ったのは瞬く星々の広がった空の下。
月は鋭く欠けており、鋭利なそれは煌々と明るく夜空を照らしている。
「ここは……人間界か」
なぜここに連れてきたのか。そんな察しの悪い質問はしない。
ここに目的があるのだと言うのは明らかだから。
……それにしても。
「っていうかこれ、どこで手に入れてきたんだよ」
手に触れる生地。懐かしいというか、久しぶりに服を着た気がする。その事実だけでなんだか情けなくて泣けてくるなァ……あとため息も。
色んな感慨を脇によけて訊ねれば、悪魔は苦笑いで言った。
「そのサイズの服、あの屋敷に大量にありましたよ」
「それって……」
「貴方の為に用意されていたみたいですねぇ。あ、隣にドレスも沢山ありましたよ。勿論貴方の為に用意させたんでしょう……そっちの方が良かったですか?」
ど、ドレスだと!?
あの変態狼、オレに女装させるつもりだったのかよッ!
あいつ全く全然変わってないじゃあないか。むしろ変わって欲しい所も変わってない。
後で思い切りぶん殴ってやる、と決意し拳を固め答える。
「要らない」
「ふふっ……でしょうね」
吹き出すのを隠すことすらしないこの不遜の悪魔。
大きくため息をついて、感情をやり過ごす事を考えよう。
彼がきっとこの呪いをかけた魔女の居場所を知っているのだろうから。
「……奇しくも今夜は収穫祭ですねぇ」
ふとローガンは月や星すらも眩しい、と言った具合に顔を顰めて呟く。
確かに。ここは町に近いからか、その賑やかな声や音楽……ランタンの灯りすらも向こうから透けて来るようだ。
懐かしさと同時に、何やら胸がざわめく不快感がオレを駆り立てる。
「さ。行きましょうか」
美しい悪魔は、にこりと微笑むとオレの手をごく自然に取って歩き出した。
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人目に見れば年の離れた兄弟ですよ、と悪魔はこっそり笑った。
その姿は確かに年端もいかない無邪気な子供そのものだろう。誰しもがこの紅顔の美少年が禍々しい蝙蝠翼を持った悪魔であると気付くだろうか。
『トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞ!』
この言葉が日の暮れた町に溢れていた。
子供たちが連れ立ってはしゃぎながら、家々を巡っている。
それぞれ思い思いの仮装をしている。魔女や悪魔や魔法使い、アンデッドや吸血鬼っぽいのもいた。
「人間というのは奇妙な種族ですな」
軽いため息と共に吐き出された言葉には、さほど侮蔑や嫌悪といった悪感情は含まれていない。
それどころか、むしろ一種の愛情めいた色が含まれているような気がしてオレはそっと彼を見下ろした。
「ま、ボクは好きですけどね」
視線が合って、きまり悪そうに肩を竦める彼は何故か見た目と同じ無邪気な子供にも老獪極まる人物にも見える。
「あ。あそこの吸血鬼なんて、割と特徴捉えてますよ」
指を指す方を見れば、赤と黒のレースをあしらったドレスの少女と黒いマントに身を包む少年。
よくよく見れば口の中に擬似の牙が仕込まれているらしい。お菓子の入ったバケットをもって微笑みあっている。
「あんなに牙長くないぜ。まぁ、あの娘に至っては将来有望だとは思うが」
あと十数年でオレ好みの美女になりそうだ。
色白だが血色は申し分無し。
瞳は涼し気なエメラルドグリーン。アーモンド型の目は猫のように瞬いた。
「貴方、まだ男なんですね」
生意気な悪魔は嫌味っぽく言ったが、オレは鷹揚に頷いてみせる。
当たり前だ。生涯現役、オレはどんなに掘られようが美女が好きだし美女の血が大好きだ。それは変わらん。むしろ意地だ。
「悪いかよ」
そう返すと『別に……』とやっぱり呆れたような声で返事がかえってくる。
オレは構わずその少女を観察し続けた。
少女はすぐ様こちらに気が付いて、ニコニコと数人の魔女や包帯ぐるぐる巻きの少年(ミイラ男と言うらしい)達とこちらに駆け寄ってくる。
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