寝台の傍らで

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寝台の傍らで

碌に考える時間を与えられず、気がつけばオレは寝台に横たわる大男の前で跪いていた。 すぅすぅと寝息だけは可愛らしいその男は、顔色も安定してただ眠っているだけに見える。 「眠り姫か」 そんなことを呟いて、なんだかおかしくなった。 人間界にこっそり来て女の子の血を頂く時もまぁこんな感じだったな、と。 今目の前にいるのはそれとは程遠い、ゴツゴツした美丈夫なのだけど。 ―――オレは胸に短剣を抱いて、魔女の与えた選択について考えを巡らせる。 『貴方に掛けられた呪いは二つ。あの夜の記憶を封じるものと、どんな事があれどあの男と運命を共にするというもの』 『全ての呪いを解いて、彼と運命を別つことを選ぶのなら……その短剣で彼の胸を貫きなさい』 『大丈夫。死んでしまう事は無いわ。しかしその瞬間から貴方達二人の運命は別の道を辿るでしょうね』 「本当に死なないのか……?」 短剣をマジマジと観察するが、ぱっと見た目は普通の刃物に見える。 ぎらりと仄かな照明に冷たく光る抜き身。そこに指先滑らせるだけで、軽い痛みを感じる前には既に切れてしまっているだろう。 「うーん。やっぱりムカつくなぁ」 呑気して眠りこけているその綺麗な顔をつついてため息をついた。 睫毛が無駄に長くて、マッチ棒が沢山乗せれそうだな。通った鼻梁もふっくらとした唇も全部が腹が立つほど整っている。 ……やはり唇が厚目の方がセクシーに見えるのかもしれない、なんて。 腹違いの妹らしい、キャロルの顔が頭を過ぎる。 ―――同時に思い出したのが、魔女の言葉だ。 『記憶を取り戻し、彼と共に生きたいと願うのなら……』 二つ目の選択。 しかし。 「選べるわけ無いじゃあないか。そんな、未来」 同じ魔界であっても住む世界が違うのだ。 いくら互いが想いを寄せていても、叶わない想い等星の数ほどあるというのに。 ……ちょっと待て。今、何を考えた? 「オレは、こいつが、好きなのか?」 口に出して自問してみる。 オレが男に? ンな馬鹿な。女の子が、特に人間の女の子が。美人で若くて可愛い子が。なのに何故だ? このデカくてマッチョで、顔だけ馬鹿みたいに綺麗な変態。しかも人狼だ。オレたちとは水と油。 「好き……? す、き?」 でも口に出してしまえば、何故かしっくりきてしまう。 あんな酷いことされても、この男を助けたいと思う理由。 ……嗚呼そうか。オレは彼が好き、だったのか。 ガキの頃から。愛してると言われて頬を染めたのは、自分にもその感情があったから。 だから彼に裏切られた、と感じた時にとても傷付いた。 名前すら明かされない噂だけの婚約者を嫉んで、それ以上に彼を憎んだ。 女々しいことこの上ない感情だ。 しかもそれに自身で今になってようやく気が付くなんて。 「くそっ! オレ、馬鹿みたいじゃん」 みたいじゃあなくて。馬鹿なんだ、とセルフツッコミ。 でも。だとしたら尚更……。 「オレは君を愛してはいけないんだ」 そう呟き短剣を両手で握り、大きく振り上げる。 大きく息を吸った時、その頬が熱い何かで濡れていることに気が付いた。
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