寝台の傍らで

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『さようなら』 あとはそう言って短剣を振り下ろすだけ。その胸に目掛けて。それだけだ。そうすれば全て終わる。 オレもあいつも、元の正しい道に戻れるんだ。だから……。 ―――しかしその刹那。 「れ、レミー……!」 いつの間にか目覚めていた男は、その琥珀色の瞳でじっとオレを見つめていた。 静かに、何も語ることなく。ただ、深海のように穏やかで深い面持ちで。 琥珀に映る己に覗き込まれるような感覚に、なんとも言えない苦しくもどかしい気持ちになる。 ……手を差し伸べて欲しい。この逞しい腕で、抱き寄せて。何も言わず、この流れる頬の雫を拭いとって欲しい。 そしてもう一度、掻き抱いて。多少酷くして良いから。 「ごめん、レミー、ごめん……」 謝罪の言葉を口内で転がしながら、オレは徐々に手から力が抜けていくのを感じていた。 そして痺れる手で振り上げた短剣は呆気なく、毛足の長い絨毯の上に。鈍い音をさせて転がる。 派手な装飾の柄と共に白々しく煌めく刃に、責められるような気さえした。 謗られることも受けいられる、それは覚悟というより諦めだろう。 「……」 手を伸ばしその美しい顔に触れる。指に吸い付くような滑らかな感触の肌が心地よい。 それでも何も言わず、こちらを真っ直ぐに射抜くような双眸。何か言いたげに開いた口元。少し唇が乾燥しているのが見て取れた。 「可哀想に」 オレは目をギュッと力いっぱい閉じて、目の前の男の唇に向けて自分のそれをぶつけるように勢い良く押し付ける。 手向けた言葉は、彼の未来を憂うなけなしの懺悔と後悔だ。 しかしもう止まれない。 ……オレはなんて罪深い男なのだろうか。 「ん」 触れるだけの、ガキのような口付けだった。 柔らかいのは見た目通りで、その弾力に確かな満足感と後ろめたさで死んでしまいたい。 いや誰か殺してくれ。割とマジで。 名残惜しげに離した唇を見下ろせば。 その刹那……にぃ、と弧を描く心做しか僅かな潤いを得た口元に釘付けになった。 「ようこそ。俺のお姫様」 なんてドヤ顔キメて満足気に言うものだから。 「オレの……王子様」 とヤケクソで返して彼の逞しい胸に顔を埋める。 ―――すると照れ隠しに伏せた瞼の裏に、突如不思議な光と色が点滅を繰り返し始めた。 それは途切れ弾け、意味不明瞭で極彩色の欠片を映し出し。それらがゆっくり形あるものとして寄せ集まる。 果てない記憶の扉が錆び付いたような音を立てて開く刹那、オレの意識はそのはるか昔に落ちて埋もれていく。 深い酩酊感にため息が吐き出される。 ……それは絶望と恐怖、混乱の記憶だった。
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