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―――子供達。まぁガキの頃のオレたちのことだが。
手を取り合って入ったのは一軒家だ。赤煉瓦色の屋根に元々白かっただろう壁の家。
ここは前の年まで、口は悪いが気の良い老夫婦が住んでいた。
珍しい事にどうやら東洋人の夫婦で、ここでは土足禁止だと2人は靴を玄関で脱いでいたのを覚えている。
しかし戸口から顔を覗かせたのは、それよりはずっと若い男女。
彼らの熱心な勧めと、玄関に溢れる子供用の靴に背中を押されるようにオレたちはあの日足を踏み入れた。
―――短い廊下を歩く時には既に感じていた違和感。
あの家には猫がいた。灰色の毛並みが美しい、ロシアンブルー。いや、もしかしたらミックスなのかも。オッドアイで、左右の瞳の色が違っていたから。
偏屈で気まぐれな猫で、主人達と共に玄関先でオレたちを出迎えてくれる子だった。
そんな『彼女』の姿が見えず、さらにこそかしこから立ち上る違和感と不安に怯えながらオレは唯一頼れる者の手を握り歩いた。
伝わる体温の高さに心癒されながも、少し照れくさかったのを覚えている。
『……ようこそ、モンスターちゃん達』
笑みを含んだ女の声と共に扉は開かれ。
―――そこに地獄が広がっていた。
『ほら。お友達が沢山いるよ』
乱暴に積み上げられたナニカ。
赤黒い水溜まりが辺りに点在して、こじんまりとした部屋の壁は赤と黄色の飛沫が描かれ。
……ムッとする臭気に思わず後ずされば、靴を履かない足が踏んずけたモノに目を奪われる。
『ぅわぁぁぁぁっ』
手。たくさんの手が指が床に。折れてひしゃげて、欠けたそれが解けたジグソーパズルのようにぶちまけられ、その下にはやはり粘度のある血溜まり。
嗚呼、そうだ血だ。白い脂肪の滲む断面に溢れる赤のコントラスト。
血と脳漿と呻き声と、嬌声のような高笑いの響く地獄。
死と恐怖と狂気と累々と積まれた子供の死体。
『』
女が何か言って、部屋にいた数人の男たちが嗤って何か喋ってまた嗤う。手を叩く者もいた。猿のように叫び、飛び上がる者も。臓物と刃物を握り締めて、神の言葉を唱える者も。
きっとその時も酷く侮蔑めいたジョークを飛ばされたのだろうが、耳になんてはいらなかった。
しかし途端、我に返ったのはオレの手を引いたあいつの力強さだけ。
『逃げるぞ』
それだけ吐息のように囁くと、大人の手を振り切って部屋の扉へ。
狭い部屋のくせに、やたら辿り着かないそこへ懸命に手足を藻掻くように伸ばせば……後ろから抱きつかれ硬い床へ叩きつけられる。
『っ……れ、レミー……!』
つるり、と汗と衝撃で滑った右手は幼馴染の熱を残したまま離れ同じく床へ引き倒された。
爪でワックスが掛けられたであろう床を掻きながら、引き摺られていく絶望感。腕と顔に擦り傷を作った事を痛みで知りながらも泣き叫ぶことすらできない。
『フィンっ! ……くそっ、離せぇっ! フィンっ……!』
無様に血染めの床に這いつくばりながら、ずるりずるりと引き離される彼のと距離。
懸命に顔をあげれば、絶叫しながらも何倍も大きな力で羽交い締めにされる幼馴染の姿が。
怒りと恐怖と混乱で頭がどうにかなりそうだった。
思わず掠れた声で彼の名を叫べば、オレに抱きつきボロ雑巾のように引きずり回していた男が酒と妙な臭いのする呼気を吐きかけ笑う。
『お前はこっちだよ』
その言葉の意味を理解するより先に……。
『ヒッ……あああああああああ』
歯を立てて噛み付かれた。首に思い切り。皮膚が破れるブツリという音を聞いた。
次の瞬間には、ぼたぼたと血が噴き出して肩を腕を床を顔を汚す。生暖かいそれがオレ自身のものだと気付いた時、男がオレを見下ろし鼻を鳴らした。
『吸血鬼の血、飲んでやった』
『卑しく忌まわしい種族め』
『神に背きし罪への制裁を』
聖職者のような姿をしたその男の胸に輝くのは十字架を象った首飾り。銀色であったそれは、血糊がべったりとこびりつき鈍い光すら返さなかった。
―――そこで一時、オレの意識は暗転する。
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