嫌悪の檻

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「どんな夢を見たんだ」 数分の沈黙の後、シーツの向こう側から聞こえた声は酷く寂しげで。思わず聞き耳を立てちまうくらいに。それでもオレは舌打ちしてかぶりを振った。 ……無視だ無視。知らん。 大体なんでこんなバカ犬と会話しなきゃいけないんだ。 「なぁ」 うるせぇよ。さっきまで鬱陶しいくらい密着してたくせに。 でも今は声はかけてくるが指一本触れてこない。さっき手を叩き落としたからだろうか。 「フィン」 やめろ。そんな声で呼ぶな。しょぼくれた声出しやがって。まるで母親に置き去りにされたガキみたいに。そして何故か今に泣き出しそうな。 オレの耳がとうとうイカれちまったみたい。 じんわりと温かいシーツにくるまりながら、そんな事を考える。 「こっちを見てくれ。フィン、なぁ」 縋るような目でもしているのだろうか。散々弄んだ男に対して。 嗚呼、でもオレは。 「ンだよ駄犬」 声だけ。声だけだ。決してこのシーツから出ない。出てやるものか。 そろそろ暑苦しくなってきたけど。それくらい我慢してやる。オレは被害者なんだ。 決して加害者に絆されたりなんて、なんて。 「ようやく返事してくれたな」 「うるせぇ。さっさと要件言えよな」 オレは今、すごく怠いんだ。身体も痛いし、まだ眠たくて堪らない。 腹は――減ってないな。あれだけこいつの血を飲まされたんだ。媚薬と言えど胸焼けするくらいに。 そう言えばこいつは大丈夫なんだろうか。相当の血を失ったはず。思えば、顔色が悪かったような気がする。 いやいやオレのせいじゃあないからな! 自業自得で、むしろそっちが悪いんだ。 それなのに、なんでこいつ。こんなに嬉しそうなんだよ。  無邪気にオレが返事しただけで、まるで尻尾振りまくる犬みてぇじゃん。 ……あー。もう、オレこいつのこと分かんねぇ。 「どんな夢を見てたんだ」 「あ?」 夢、ああ。その話か。 息苦しさで少しシーツから顔を出し気味で、醒める前の景色を思い出す。 「ガキの頃。お前とオレで人間界、行っただろ? あの時のことさ」 当時はまだ、人間界と俺たちの住む魔界との隔たりは無くて。割と自由に行き来が出来ていた。 だからオレ達はよく、大人たちの目を盗んで遊びに行ったものだ。 こっそり行かないと、狼男であるこいつとは一緒に居られなかったから……。 ――人狼と吸血鬼は、先祖代々仲が悪い。両親や祖父母、一族皆にそう言われて育ってきた。 しかしひょんなことから出会ったオレとあいつは、そんな種族の違いなんかどうでも良いくらい仲良くなった。 レミーは、俺の事を何故か『お姫様』って呼ぶのが少し不満だったが。それでも優しいし、良い奴だったから。 少し年下なのに、屋敷でばかり過ごしていたオレと違って彼は色んな事を知っていたんだ。 それがひどく魅力的で、ガキだったオレをときめかせた。 あとあの琥珀色の瞳。宝石みたいで綺麗で、本人の顔も人形みたいでさ。 まぁ今でも十分美男子だけどな。 「ハロウィンの夜でさァ。町はキラキラしていてさ。変な仮装している子供たちや、宝石みたいなお菓子達。甘いケーキもあったよな。オレたちは……」 どんな仮装をしたっけ? 狼男? 吸血鬼? 仮装じゃあないな。やっぱり古い記憶だと色々と曖昧だ。 オレがふと記憶の海に沈むように、考えこんでいた時だった。 「お前、覚えてるのか。あの夜を」 背中で聞いた彼の、レミーの声が酷く固いことに気がつく。 「覚えているって、今言っただろ。話聞いてろよなァ」 そっちが振ってきたんだからさ。 ……と、続けようとして。 ふとその言葉の意味にひっかかりを覚え、言葉を途切れさせた。
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