191人が本棚に入れています
本棚に追加
窓辺の悪魔
――目を覚ますとオレは一人だった。
大きなベッドの真ん中で。体温のとうに失せた隣を手でなぞりながら、今度は夢など見なかったとぼんやりと考える。
怠さと身体の節々の痛みはかなり改善されたが、それでもやっぱり秘部の違和感は耐え難い。
「trick or treat、か」
先に見た夢はオレンジ色の光に満ちていた。
あいつは狼男の姿そのまま、そしてオレは何故か紅い頭巾にエプロンワンピースのような……つまり女装をしていたっけな。
よく二人で出かける時、周りの目を欺く『変装』だとして彼にこんな格好をさせられていた記憶がある。
今となっては、あの変態狼の趣味だったんだろうと思うが。しかしあの頃は、ガキの頃のオレはあいつを信じきっていたんだ。
愚かなまでに、裏切られるとも知らずに。
「馬鹿みてぇだな」
独りごちる。一見豪華に見える家具、寝具、調度品。ぶら下がるシャンデリアさえも、オレには冷たい監獄にしか見えない。
……出なければ。出て、今度はオレが姿を消すんだ。
でもどこに行く? 人間界のあの教会はダメだ。
アメリア、教会の娘は無事だろうか。
オレを匿ってくれた、唯一人間で心許せた存在。清らかで慈愛に満ち溢れた女。
彼女に会いたい。あって礼が言いたい。それから旅立っても悪くないだろう。
なに、人間界も広いさ。あの人狼の目が届かない場所くらい幾らでも……。
「それにはとりあえずここから出なきゃな」
失敗したら。
今度こそ殺されるか? いや、その方がマシだな。
理性も知性も剥ぎ取られた状態でまた罰を加えられる。死よりも辛い快楽で一生飼い殺されるのだろうか。
「オレに人権はねぇのかよ」
くそっ。なんでこうなっちまったんだ。
オレはただ人間界の美女の血を楽しんでいただけなのに。
そりゃああいつに何度も忠告されてたさ。
『人間界に行くな、狩られるぞ』って。
それが現実になって、オレは女に命を狙われた。銃弾は身体を掠って地面に伏した。命からがら逃げ込んだのがその教会で。助けてくれたのはアメリア。愛らしい娘。
彼女に焦がれたオレは、前にも増して人間界に足を踏み入れるようになった。
あの安らぎが懐かしい。嗚呼、こんな呪縛のような状態から解放されたかった。始終与えられる快楽に発狂に恐れる人生なんて嫌だ。
「どうしてなんだ、どうしてオレなんだ」
あいつからオレに背をむけたじゃあないか。
ガキの頃の約束をあの一晩で違えたのはあの狼だ。
大人たちが探し回る慌ただしい声を聞きながら、レースのクロスがひかれたテーブルの下での小さな約束。
触れるだけのキスと共に交わされた『永久の』約束……。思い出すだけで馬鹿馬鹿しい。でも、裏切られれば傷もつくものだ。
「レミー……」
「そいつが貴方に鎖を付けた男ですか」
「!?」
予期せぬ声に、オレは驚き顔を上げた。
格子の嵌った窓辺。しかも『内側』にいる!?
最初のコメントを投稿しよう!