窓辺の悪魔

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「君は何者だ。いつからそこに居る」 オレは問いかけながらも、その音無き侵入者を観察する。 ガキだ。見た目は人間で言う所の10歳くらいだろうか。 しかし同じ魔界の者であれば、生きてきた年数は見た目年齢と比例しないのがセオリーだ。 黒真珠のような漆黒の瞳は、ともすれば感情の機微が読めない。 比例して白く抜けるような肌には、我々吸血鬼のような青白さはなく。大きな目に長い睫毛、血色の良い頬。とふっくらとした唇は朱を塗ったように赤い。 早くいえば紅顔の美少年ってことだ。 瞳の色と同じ髪は柔らかい巻き毛で、一見すれば女の子みたいだと思った。口にすれば怒るだろうか。 「ボク? ボクの名はローガン。ご覧の通り、悪魔族ですよ」 少年、ローガンと言うらしいが……天使のように微笑んで言う。 甘くとろり、とした目付きは悪魔の中でも淫魔に近いそれを感じる。 どっちにしても我々吸血鬼にとってはあまり相性の善いものでは無い。彼らにとってオレは充分餌になりうるからだ。 警戒するオレをじっと見つめた彼は小さな息を吐いて一言。 「ねぇ貴方、随分色っぽい姿をしているんですね……そそりますよ」 「なっ!?」 慌てて肌を布団のシーツの中に隠す。 そうだ今のオレは裸で首輪と手枷しか付けてない。ガキの姿と言えど、他人の目の前に晒す姿じゃあなかった。 途端蘇ってきた羞恥心で泣きたくなるほど情けない。それもこれも全部あの変態のせいだ。 「沢山噛み跡、キスマーク付けられて……存分に鳴いたのでしょうねぇ。ボクも少し頂いても?」 「良いワケないだろっ、君も変態かよ!」 もうヤダ。なんでオレの周りこんな男ばっかりなんだよ。 こんな硬い身体抱いても楽しくないだろうに。変態の考える事は分からない。 「そんな、泣きそうになって……可愛いな。そりゃあの獣人も執着するわけだ」 「き、君あいつを知って……」 「ええ。知ってますよ」 ローガンはしたり顔で頷く。 そして窓枠からひらりと飛び降りる。そして無遠慮な仕草でベッドに乗り上げた。 逃げようとしたオレより数秒早く、その喉を掴んだ小さな手。 いわゆる急所に手を掛けられた状態。もう動けない。 しかし彼の口調と声はあくまで優しげに唆すように耳朶に響いた。 「怖がらなくていいんですよ……ボクと『契約』しませんか?」 「け、契約……?」 悪魔だからか。 あいつらはすぐに契約を結びたがる。狡猾で性悪な分、同族同士ですら信用しきれず『契約書』という呪術で縛りたがるのだと。 しかしその実とても几帳面で理論家。等価交換を重んじる種族でもある、と聞いたことがある。 「生憎だが。オレには守りたいお約束も、手に入れたいモノもないぜ」 「嘘つき」 負けじとせせら笑いながら応えるも、あっさり否定される。 漆黒の瞳はオレの心を覗き込み取り込むようで、昨晩とは別の意味で心臓が痛い。 気を抜くと魅入られる。術にかけられる緊張感。 こいつガキの姿のクセに……ムカつく。 「貴方が望むならボクはどんな願いも叶えましょう……ほら。あるでしょう?」 耳元に紅い唇が触れるように近づいて、甘い吐息とともに注ぎ込まれる言葉。脳が浸されるような気分だ。緩慢に、しかし確実な洗脳。抗おうにも、何故か小指すら動かすことが出来ない。 「怖がらなくていいんです……貴方は望むだけでいい。それだけでボクが全て叶えてあげる。ねぇ良いでしょう? お代は……そうですね。『お気持ち』だけ」 「お、お気持ち、だと? 気色悪りぃ言い方しやがって」 お前たちの小狡いやり口は知ってんだ。 親切と優しさを装って近づいて契約させて。魂まで縛りつけてしまう。 人間のみならず、そうやってオレたち吸血鬼をも破滅させてきた。しかもなまじ寿命の長いオレたちは、彼らにとってはコストパフォーマンスの良い餌だろうよ。 「オレは、騙され、ない……絶対に」 これ以上鎖や枷が増えてなるものか。 悪魔に身を委ねるくらいなら、あの男に……。 そう想いを固めてその綺麗な頬を張ってやろうと手を上げた時だった。 「彼が。人狼レミーが貴方に執着する理由、知ってますか?」 「は……?」 「全てはあの夜、気狂いハロウィンの日だ。貴方は忘れてしまったのでしょうが」 「ど、どういう事だ」 確かに最後に彼と会ったのはあの夜だ。 夢の中で見た。色とりどりの灯りの世界。甘い香り、お菓子の山。仮装した子供たちの祭り。大人たちの……。 「さぁて、ここから先は有料ですよ……心配召さるな。お代は『お気持ち』ですので」 「チッ……お前たちの常套手段だな。この守銭奴め」 「おやまぁそれは心外だ。ボク達はお金なんて紙切れや鉱物、鉄くずには興味はないのですよ。ただその『お気持ち』そう、心が。魂をほんの少し対価として頂ければ……ねぇ?」 「お前の情報が正しい保証は」 等と一応疑ってみるが、オレは知っている。 奴らは、嘘はつかない。巧妙な企みや謀りはするが虚偽の言葉を吐くことはないのだ。 しかも『契約』の餌に疑似餌は使わない。それは同じ魔族として知っているつもりだ。 ローガンは案の定、酷く侮辱されたと言った様子で眉を上げて口を開きかける。 ……しかしその良い聴力は何かを察知したらしい。 途端表情を取り繕う。 「おっと、邪魔が入ってしまいましたねぇ……今日はこの位にしましょう。また明日来ますよ。その時までにゆっくり考えて下さいな。ね? ボクはいつでも『契約書』持って馳せ参じますよ。何枚でもね!」 ―――少年が礼儀正しい礼をしてパッ、とその場から煙のように消え去るのと部屋のドアの鍵が解錠される音が響いたのと同時であった。
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