窓辺の悪魔

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「起きたのか」 見慣れたその姿がのっそりと部屋に入ってきた。 馬鹿みたいに大きな扉も、デカい図体のこいつと比較するとそうでも無い。 遠近法を歪めるまでの存在だな、とぼんやりと思った。 「腹、減っただろ」 手には皿。その上には果物が幾つか乗っている。 魔界のにしか存在しない果物。吸血鬼が好んで食べる、血液の代替品のようなものだ。実際の栄養素としてはこっちの方が優れているという話だが。 「ンなもんより、ホンモノがいい。取っておきの美女の血がさァ」 嗚呼、最後に美女の生き血を吸ったのは何時だっただろう。 あれは美味かった。そりゃあ味も栄養も果物には負けるけど、あの生々しい風味というか生き血にしかない趣というか。 ま、この変態狼には永遠に分かるまい。その証拠に。 「俺の飲むか?」 なんてごく真面目な顔をして聞いてくる。 「馬鹿言ってんじゃあないぜ。『美女の』だっつーの。君、鏡見たことあるぅ?」 どう見てもこいつは美女じゃあなくて美青年だろ。 オレは本来ノーマルなんだ。男の首筋噛んで血を吸って興奮できるかよ。 ……っていうか。もうオレ、ノーマル名乗れるのかなァ。なんだか不安になってきた。 さんざん尻穴弄られて、そっちで達することも教えこまれて。そうなるとオレってもう、ゲイ……なのか。 だとしたら、死ねるなァ。辛すぎるだろ。 「君、いつか殺してやるから」 「そうか……楽しみだな」 八割型本気で言ったら、薄く笑って返された。 馬鹿なの? それとも病んでるの? 嗚呼、病んでるな。思い切り。 「君さ。なんでこんな事するんだよ」 男を閉じ込めて乱暴にレイプするくせに、時としてすごく優しく触れてくるのだから。 「それは……フィン、お前が外に出るからだ」 「またそれか。なぜ外に出たらダメなんだよ」 「人間界に、行くだろう。ダメだ絶対に。お前はここで、俺とずっと一緒だ……お前は俺のお姫様だから」 お姫様。こいつはガキの頃、オレのことそう言ってたっけな。 女装させて、跪いて手や足にキスをして。唇にも。そして二人で蔦で作った指輪を交わしたっけ。 あと屋敷からくすねたレース生地を頭にかぶせて、花冠をかけられて。 母がそうするように優雅にお辞儀してみせると、レミーはひどく喜んだ。 『俺のお姫様』『私(当時そう言わされた)の王子様』と言い合いながら何度抱き締め合ったか。 ガキだからその先は知らなかったが。こいつは当時からそんな趣味してたんだな……何故か思い出を汚された気分だ。 「ンな事いうけどさァ。君がオレを裏切ったわけじゃん。知ってんだぜ。許嫁、いるだろ」 あのハロウィンの夜からオレの前から姿を消したあいつに許嫁が出来たという噂で魔界は持ち切りになった。 なんせフィンの家は獣人族のなかでもトップクラスのエリート、人狼のさらに頂点の家系だ。 そこの何人もいる子供たちのうち、男は2人だけ。しかも彼は長男だ。 血族主義の世界では、当然レミーが一族を率いる王となる。 許嫁なんて居ない方がおかしい。 「その女も可哀想にな。未来の夫が、こんな変態趣味のゲイやろうだって知ったらさァ。するとオレはさしずめ愛人か、妾ってとこかよ。ったく、愚弄するのもいい加減にしろ。このクズ狼め」 結局それなのだ。 オレは一体なんなんだろう。こいつにとって。ガキの頃も今も、都合の良い玩具か。性奴隷か。どちらにせよろくなもんじゃあ無いよな。
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