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ジャックの爪先
『trick or treat!』
少年がそう言って手を差し出した。毛むくじゃらの犬の足のようなその手。
大人たちは顔を見合わせて少し驚いたけれど、直ぐにニッコリと笑い合った。
「まぁ! 可愛い狼男さん、お菓子をあげましょうね」
優しく笑って、大人の1人は大きなバスケットを目の前に出してみせた。
『ぅわぁ!』
そこに広がっていたのは色とりどりのキラキラと煌めくキャンディやチョコレートの包み紙の数々。
まるで宝箱の宝石みたいな光景に、少年は歓声をあげた。
大人たちはそんな少年の姿を見て、さらに笑みを深める。
『おじさんおばさん、ありがとう! ……ほら、お前も出て来いよ』
少年が後ろを振り向いて何やら言う。すると少年の影に隠れていたのだろう、小さな人影がぴょこんと顔を覗かせた。
「あらまぁ! こっちは……赤頭巾ちゃん、かしら?」
大人たちが目を見張り破顔する。
そこには、気恥しそうにはにかんだ笑みを浮かべた紅いフードを被った少年が立っていたからだ。
仲睦まじく手を繋いだ少年達は、まるで人形のように可愛らしく美しかった。
そのあどけなさ愛らしさは、夜の町のランタンに灯る明かりすら霞むほどである。
『違うよ。吸血鬼。俺は人狼、こいつは吸血鬼なんだよ。俺のね、お姫様なんだよ』
誇らしげに言って、少年はお菓子を受け取る。
しかし思ったよりそのバスケットは軽く、ほんの少しだけ少年達の顔が曇ったのを大人たちは見逃さなかった。
「そうなのね。……そうだわ。中にも、もっと沢山お菓子があるの。少し入ってみる?」
『?』
「大丈夫よ。他にもお友達が沢山いるわ……ほら、ね?」
示されて彼らが足元に視線を落とすと、たくさんの靴が行儀よく並んでいた。
それらは全て小さく、子供の靴のよう。
『行ってみよう、か』
狼男の少年の言葉に、赤頭巾の少年はふるふると頭を横に振った。
困ったように、そして不安げに眉を下げる2人に、大人たちは諭してかかる。
「ほら。果物もあるわよ。ねぇ?」
すると黙って微笑んでいた、もう一人の大人が大きく頷く。
「そうだよ。おいで、大丈夫……今夜はハロウィン、可愛いお化けやモンスターさん達のお祭りなんだから」
―――かぼちゃと菓子と灯りで綺麗に飾り付けられたハロウィンの夜の町。
2人の小さく綺麗なモンスター達は手を取り合って、家の中に入って行った。
……お行儀よく小さな靴を脱いで。
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