彼女たちのなっがいプロローグ

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彼女たちのなっがいプロローグ

「ーー黙っていたら終わると思わないでください」    精一杯ノドを細めたような声が静まり返った教室をさらに凍らせた。  皆、小さな音さえも男の機嫌を損なうと怯えている。シャーペンを机上に置くのも躊躇い、教科書のページをただじっと見つめていた。    この状況は今に始まったことではない。この男の授業では当たり前の風景だ。    歳は四十後半だろうか、生え際があやしいおでこにセンター分けにした前髪(型がついて、勝手にセンター分けになっているのか)。  一本一本の髪質が細いのと同様、長身で細い体つき。よろよろの黒のスーツを羽織り、心なしかネクタイも細長く見える。すべてが細々している男。  せっかくの長身の背を常に猫背しては男は唇を突き出し、腕を組み直した。  大半の生徒は授業が終わると苛立ちとともに仲間と吐き捨てている。  ーー水木しげるのキャラかよコイツ 「……僕は三国協商に加盟している国を答えよ言いました、さっき岡崎が日本と答えてくれましたが、他にはヨーロッパの国で何の国が加盟していますか?はいどうぞ」  男は早口で言い終わると腕を組んでいた右手ををこちらに向け差し出した。  岡崎の野郎……!  話した事もない右斜め前の後頭部を睨む、当てられた吉沢。    ヨーロッパの国もとい地理が致命的に疎い吉沢にとって、中学の歴史の授業で学んだ『取りあえず加盟国日本と答えておけばワンチャン当る』可能性が安直な岡崎君のせいでおじゃんになったのだ。 「え……あ……」  再び訪れた圧がある静寂に蚊の鳴くような吉沢の声が漏れた。 「ロ……シア……?」 「……はいそうですね。じゃあ他にヨーロッパで……」  しゃああああああい! ヨカッタ、当たってヨカッタ!    さすがは世界地図のセンターロシア、伊達じゃないわ!  吉沢は心の中でガッツポーズする。  ……しかし、それは束の間の自信。    すぐに中学生でも解ける問題が解けない己の無知さ,この男の死神のような心臓を氷漬けにし、骨々とした手で粉々に握りしめるような態度に怯え、分かりませんも言えなかった己の弱さを恥じた。 「……えー」  男は次は誰に当てるかを座席表と私たちを交互に見ながら決めかねている。    やがて座席表の上で動いていた指が止まり窓際の生徒を指名した。
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