彼女たちのなっがいプロローグ

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「今日の田所もヤバきゃったよね」  村上がタマゴサンドを齧る。 「岡崎君、頬杖ついてたらめっちゃキレられてたしね」 「池上さんにゃっけ、隣の子に何ページか聞いたらキレられてたの」 「今日は一段と機嫌が悪かったな」  吉沢は弁当の中のミートボールを箸でさして口に入れる。酸味がある甘いソースが自然と箸をお米に持ってこさせた。    今日の田所はいつにもまして機嫌が悪かった。  といってもいつも不満そうに突き出した唇と検閲官のような腕組みした猫背をしてるが。機嫌が悪いと分かるのは生徒との接し方で分かる。    教科書を見ていない生徒。    先生を見ていない生徒。    暑くて靴を脱いでる生徒。    下敷きを団扇する生徒。     暑くてブレザーを脱ぐ生徒。    あくびをする生徒。    机に肘をつけた生徒。    授業中、機嫌が良ければそれらの生徒をネチっこく弄って問題を答えさせるだけで終わる。が、機嫌が悪いとその前に机を出席簿で叩いて怒鳴るか、舌打ちをして生徒を畏怖させ、皆に淡々と早口で正論を矢継ぎ早に浴びせてくる。    そう、稀にいる『言ってること間違っちゃいないけど、生理的に好きになれない(仲良くなれない)先生』なのである。     そんな先生に怒られるのを恐れ大抵の生徒はうっかり床に落ちたペンを拾わず見捨てる。    今日も、教科書何ページを見れば良いか分からず隣の子に聞いた池上さんに対して、先生は舌打ちをし「おい、そこ喋んな」と静かにキレた後、吉沢達に向かって正論を言った。 「……分からないことがあれば手を挙げて私に聞いて下さい。というのも、聞いた相手の内容が必ずしも合っているとは限りませんし、それが隣から隣へと伝言されて間違ったページを見られても非常に迷惑なので」 「吉沢ちゃんにてりゅー!」 「はっ、あんな空気で誰が手をあげんだよ。つうかアイツ、ページ数言う時だけ声小さくなるんなんなん? わざと、ねえ、わざとなん」 「ただでさえ聞き取りにくい声してるにょにねー」 「私まだアイツに怒られたの根に持ってるからね。マジ、もっと別の言い方あるだろあの幸うす男って思ってるからね。絶対アイツより金持ちになってやる」 「あわぁ、さすが小さい女〜」  村上は食べ終わったサンドウィッチの包装を丸めて小さくしてコンビニ袋に入れる。 「大体アイツ、何かにつけて授業放棄とみなすよな」 「まあ、二択の質問に挙手しなかった私たちもわりゅいよ」 「挙げないヤツも腹立つわ。大人しく従っとけよ。そこでレジスタンスせんでホンマに」  「うう胃もたれが」と吉沢は食べ残した弁当に蓋をした。 「ありゃりゃ、もう食べないの」 「ああ、うん。アイツの授業ある日は必ず胃もたれが起こって食欲わかないんだ」  「家に帰って食べるよ」と吉沢は弁当を巾着に入れた。 「クッソ~、田所の野郎。殺してやるうぅ」  机に項垂れ、鳩尾を親指の腹で軽く押さえる。 「ーーじゃあ殺してみる?」  村上はコンビニ袋から今度は骨なしチキンを出して上半分の紙包装を破く。    顔を上げた吉沢に、下半分の紙包装の部分で骨なしチキンを持った村上がにんまり笑う。 「妄想で」 「妄想で?」 「うん。え〜、しにゃい? 腹立つことがあった時とか」 「いや、しないけど。え、村上さんしてるの。妄想で」 「うん」  初めて会った時からヤベー奴だと思ってたけど、マジでヤベー奴じゃん。  可愛く見せようとあざとく小さく口を開けて骨なしチキンを両手で持って齧る村上。油で手が汚れないよう持ち手は紙の包装を持っている。 「でも面白そう」 「やっちゃう?」 「やっちゃう」 「じゃあ、ジュース買ってきたら早速やっちゃお」  村上はコンビニ袋に入っていた紙のお手拭きで指を拭うと、鞄から財布を取って席を立った。    彼女について行くように吉沢も席を立ち、不意に思い出す。 「そういえば、この前貸した二〇円返して」 「ほんと小さい女~」
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