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夏奈の弁当
私の弁当を食べた男子は、必ず私に惚れる――――
「あの、水広さん……」
ほら来た。
「も、もしよかったら……」
この後の台詞はだいたい分かる。
誰もいない放課後の校舎裏、傾く夕日にヒグラシの鳴く声。まあ丹田にしては頑張ったほうだろう、私を放課後に呼び出せたのだから。丹田とは隣のクラスで中間位置に属する男子だ、サッカー部で他の女子からも人気があるだろう。センター分けの髪型に、顔はまあまあだ。ニキビが無くなれば少しは、ましになるだろう。
「ごめん、ごめんね、またお弁当作ってあげるから」
「あ、うん……」
こうして私はいつもと同じ行動をとった。彼の隣を足早に歩き、角を曲がると小走りになる。
たった一度、弁当を作っただけなのに、この様だ。
男って本当、単純――――
翌朝、友達の弘子とその話で盛り上がった。
「夏奈、またふったの?」
「ふったって、言い方悪いよ、丁重に御断りしたの」
「それをふったって言うの、この高校入ってもう何人目よ?」
「うーん、今二年でしょ? 一年の時から数えると二十人は超えたかな?」
「あんた終いには刺されるよ?」
「大丈夫、大丈夫、その二十人も、私のことまだ脈アリだと思ってるから」
「怖っ!」
弘子の呆れた中にも驚きのある声で私達は笑った。
昼休みの教室は賑やかだ、私達がそんな会話をしていようが、誰も聞いていない。
私はただ、弁当を作るだけ。ぶりっ子をしたり、女ならではの計算をしているわけではない。
私の作る弁当は美味しいと評判、男子達のハートを掴む百戦錬磨の無敵弁当だった。有名レストランのシェフと日本料亭の女料理長が結婚、天才同士の結婚と、当時は世間を賑わせたらしい。その間に産まれたのが私、そのせいで小さな時から料理ばかりしていた。
「いただきっ!」
「あっ」
気がつけば弘子が私の卵焼きを箸で一突き、口にもっていった。
「いや、夏奈の卵焼き、マジ神旨だから」
『旨い』『美味しい』と、言われると快感を感じる、おかしいと思われるかもしれないが、私はその言葉で身体中に熱が走るような感覚を味わう。
鳥肌を全身で感じながら目尻を垂らして幸せそうな笑みを浮かべる弘子を見て、私も嬉しかった。
「お前ら、本当仲良いよな」
低血圧人間、とあだ名をつけたくなるほどの無気力で喜怒哀楽がない男子、白岩零がボソリと私達の空間に水をさした。
「なによ、白岩」
弘子が鬱陶しそうに振り返り後ろを通る白岩を睨みつける。
「仲よさそうだから言っただけだろ、なんだよ、じゃあ仲悪ぃのか?」
「えー? 悪くないわよ、何言ってんのよ」
白岩は背が高い、バスケ部。ギリギリ校則違反していない緩いパーマと茶色い髪、いつも両手をポケットに突っ込み、ネクタイを緩めシャツのボタンをひとつ外している、白く不健康そうな肌にシルバーのネックレスが光る。
白岩はバスケットボールを掴むように、片手を弘子の頭に乗せ、わしゃわしゃと大きな手で撫でた。
「あっ、もうっ! 髪、崩れるしっ!」
両手で白岩の手をはね除ける弘子だったが、顔は笑っていた。そんなことがきやすくできるのはやはり女慣れしているからなのだろう、そこいらの男子は普通に女子の頭なんて触ることさえしない、このクラスでは、ずば抜けてイケメンだ。それにバスケ部のレギュラーときたら、女子が放っておく訳がない。だからそれも仕方のないだろう、彼には普通のことなんだ。
「それより白岩、夏奈の卵焼き食べたことあるの?」
「え、水広の? ねぇけど?」
「食べてみなよ、美味しいんだから」
「えっ? ちょっと食べかけだし、嫌だよ」
「じゃ、貰うわ」
「あっ、ちょっと」
嬉しさと、恥ずかしさが入り交じり、焦る私をよそに、白岩は私が半分噛った卵焼きを指で摘まむと、何の躊躇なく口に放り込んだ。
心臓が口から飛び出そうなほど高鳴ったのが分かる。
――――
「ふーん」
その返事は意外だった……
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