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第二話 少女よ、疑うなかれ⑵
「どこで降りたら都合がいいかしら」
わたしが助手席からシート越しに後ろの瑠美に聞くと、小さな声で「N医療大前でいいです」と駅名が返ってきた。
移動時間を約十分と読んだわたしは「もしかして、N医療大の学生さん?」と、あらかじめ確認済みの情報を口にした。
「あ、はい一年生です」
初々しい返答を好ましく思いながらわたしは「頭いいのね。羨ましいわ」と当たり障りのない感想を口にした。
「でも、これで授業に遅れでもしたらわたしの責任だわ」
「大丈夫です、午前中は必修科目はありませんから」
瑠美はわたしの気持ちを軽くさせようとしてか、朗らかな口調で言った。
「……あの、お名前を伺ってもいいですか?」
唐突に瑠美が言い、わたしたちは思いだしたように自己紹介をした。
「瑠美さんか。素敵なお名前ね」
「松井さんはこの近くにお勤めなんですか?」
「ええ。興信所で事務の仕事をしているの」
わたしは用意した嘘をすらすらと並べ立てた。
「――あ、もうすぐです」
瑠美が窓の外を見て、声を上げた。わたしは「そうだ」と言うと、バッグからメモ帳を取りだし、ペンを走らせた。
「……これ、わたしがやってるSNSだけど、よかったら覗いてみて」
わたしがメモを渡すと瑠美は目を走らせ「これなら私もやってます」と言った。
「ちょうどよかったわ。後で「今日、親切な人に会った」って書いておくわね」
「あ……はい」
わたしはルームミラー越しに瑠美の表情を盗み見た。訝る様子は見られなかった。
「本当ならちゃんとしたお礼をしたいところだけど……時間がないわね」
「とんでもないです。イヤリング、見つかって良かったですね」
タクシーが駅にほど近い路肩に緩やかに停まると、瑠美が財布を取り出す気配があった。
「だめよ、瑠美さん。ここはわたしに持たせて。イヤリングを見つけてくれたお礼よ」
わたしがやんわりと制すると、瑠美は一瞬、目に困惑の色を浮かべた後「ありがとうございます」と頭を下げた。
「どこかで見かけたら、声をかけてね。食事でも奢るわ」
わたしは車を降りようとする瑠美にそう声をかけた。
「はい、ありがとうございます。……それじゃ失礼します」
瑠美はもう一度、わたしに会釈をすると身を翻した。わたしは瑠美の背中を目で追いながら、十分な手応えを感じていた。この分ならさほど労することなく親しくなれるに違いない。
わたしはタクシーを降りると、架空の事務所に向かう代わりに瑠美が向かったN医療大学の方に歩き始めた。
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