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第三話 少女は告白する⑴
「あ、おいしいです。……思い切って頼んでよかった」
ベリーのパンケーキを口に運びながら、瑠美は満足げに目を細めた。
「よかった、あんまりちゃんとしたランチだと引かれてしまうんじゃないかと思って、この店にしたの」
わたしは瑠美の反応に、事前の調査を怠らないでおいてよかったと胸をなでおろした。
N医療大学から二区画ほど離れた住宅地にある「みすとらる」というカフェがN大に通う女子学生の間でひそかに人気を集めつつあるという情報を、初めて瑠美と会った日の翌日に入手しておいたのだった。
「松井さん、今日はその……興信所の方はお休みなんですか?」
瑠美がおずおずと尋ね、わたしは頷く代わりに微笑んで見せた。
「もともと、有給を取ってあったの。お蔭で家でごろごろしてるより有意義になったわ」
わたしの返答に安心したのか、留海は「そっかあ」と屈託なく吐き出すと、パンケーキにフォークをつき刺した。瑠美にイヤリングを見つけてもらった日、私は早速そのことをSNSに書きこんだ。
予想通り、その日のうちに瑠美と思しきアカウントからコメントがあり、そこからは一気にやり取りが進んでいった。彼女のようにまだ人づきあいが多くない年ごろに取って、文字で本音を語り合うことが安心感を強固なものにするようだった。
「医療関係の勉強をしているって言う話だけど、将来は何になりたいのかしら」
わたしが尋ねると、瑠美は一瞬、視線を優にさまよわせたあと「実は」と切りだした。
「うちの学校にはいくつかコースがあって、医療コースと福祉コースがあるんです。わたしは最初、医療の方に行くつもりだったんだけど、だんだん心理とか勉強したくなって今は臨床心理を学べるコースに変更しようかって思ってるところです」
「心理かあ。また難しい事に興味があるのね」
「最近、ボランティアを始めて、色々な年代の方と接する機会が増えたんですけど、人間って深いなあと思うことがたくさんあって。いままで家族と友達くらいしか世界がなかったから、もう少し「人間」そのものを学んでみたくなったんです」
「そうね、わたしも仕事柄、いろんな人に接するけど、みなさん共通しておっしゃるのは、人間、いくつになっても人の心だけはわからないって」
わたしが急ごしらえででっちあげた「経験」を口にすると、瑠美は「やっぱり」とでもいうように眉を寄せ、口ごもった。
「そうですよね、わからないことだらけなんですよね……」
瑠美が声のトーンを落とした瞬間、わたしはこの話の流れは間違ってない、と確信した。
おそらく、学校や家庭のことではない「なにか」が彼女の日常に影を落としているのだ。
「あの……知り合って間もない方にこんなお話をするのも何なんですけど」
瑠美がおもむろに口火を切った。わたしは直感的に「来たな」と思った。
「誰にも迷惑をかけていない、どこから見ても「いい人」と思われるような人が、誰かの恨みを買うなんてこと、あり得るでしょうか」
わたしは話題がいきなり深みに入ったことを意識しつつ「うーん、そうね」と言った。
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