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第四話 穢れなき企み⑴
「それにしても、ショッピングモールみたいに人気の多い場所でそんなことが起きるなんて、ちょっと信じがたいわね」
「私もそう思いました。でもその方は「相手の正体も分からないし」と、警察にも届けなかったそうなんです」
「怖い気持ちはわかるけど、もし本当に誰かに恨まれてるんだとしたら、また狙われる可能性もなくはないわ」
「はい、私もそう思ったんですけど……でも他人があれこれ差し出がましいことを言うのもおかしいし」
瑠美のまるで自分の身内のことを案ずるかのような表情を見て、わたしは直感した。おそらくこの子は父子の父親の方に、淡くはあるが好ましい感情を抱いているのに違いない。
「でも心当たりがない以上、何に気をつけていいのかわからないわね。……そうだ、こんなことを申し出たら迷惑かもしれないけど」
わたしはそこで一旦言葉を切りると、息を吸った。
「わたしがこっそり調べましょうか。そういう「調査」なら一応、プロだから」
わたしが思い切って「提案」を口にすると、瑠美は一瞬、虚を突かれたような表情になり、それから何とも形容しがたい複雑な表情を浮かべた。
「あの、それは……」
色々な思いが交錯し、戸惑っているのだろう。瑠美は目まぐるしく表情を変え、思案し始めた。それはそうだろう。つい先日会ったばかりの女が、自分が思いを寄せている男性の周囲を調べると申し出てきたのだ。いくらイヤリングのお礼だなどと言われたところで、心穏やかでいられるはずがない。
「どうかしら?」
「……でも、松井さんのお仕事はどうされるんです?」
瑠美が辛うじて投げかけた問いに、わたしは笑顔で応じた。
「大丈夫よ。休日とか、空いた時間を利用するから。ある程度やり方もわかってるし」
「……来栖さんに迷惑がかからないのなら」
瑠美の口から、父親の苗字と思しき名前がこぼれた。いける、とわたしは思った。
「そこは信用してもらって大丈夫よ。なにしろプロだから」
わたしは真実を知るために、敢えて重ねて「嘘」を口にした。こうしてわたしは嘘に嘘を重ねる形で瑠美の抱える「闇」の奥へと踏み込んでいったのだった。
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