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さて、その翌日のことである。
「……なにやってるんだ?」
メイファは思わずそうたずねた。
それくらい意外な光景だったのだ、『食料品店の店先で、野菜を真剣な目で見つめるカイ』などというものは。
「なにって……買い物だよ」
「いや、それはわかる。わかるんだが……。お前、料理なんかするのか?」
「いや、全然。正直今まで包丁もろくに握ったことないぜ。けどあのガキんちょにペーストばかり食わせてるわけにもいかんだろ」
「あ、なるほど。エマちゃんのためか」
カイは脳と脊髄以外のほぼ全てを人工物に置き換えたサイボーグである。無論、消化器官も人工臓器になっているが、これだと普通の食べ物では消化まではできてもそこから栄養を吸収することがうまくできない。いまだ科学技術は人間の臓器の複雑な機能を完全再現するには至っていないのだ。よってサイボーグ用に栄養を摂取するためのナノマシンを配合した食べ物が存在する。形状はいろいろあるが、カイはいつも安いペースト状のものを食べている。しかし、それはまずくはないが毎食食べたいというシロモノでもない。ましてサイボーグでもない10歳の少女ならなおさらそう思うだろう。
「やっぱりちゃんと面倒見れてるじゃないか」
「イヤイヤだけどな」
ぶすっとした表情を浮かべながら、それでもトマトを手に取る。
「それで、今日はなにをつくるつもりだ?」
「……野菜炒め?」
「……なんで疑問形なんだ」
「いや、さっきも言ったけど、料理なんかしたこともねぇし」
「……」
メイファは一気に不安そうな顔になった。
「やっぱりエマちゃん、無理矢理にでも私のウチに連れていこうかな……」
「おいおい、泊まらせてやれっていったのお前だろ」
「うーん……」
腕を組んでなにやら考え始めたメイファだったが、10秒も経たないうちにぽんと手を打った。
「そうだ。しばらく私がお前のウチで食事をつくろうか?」
「はっ?」
「ついでにお前にもいくつか簡単なレシピを教えてやる」
「ちょ、いきなりなんだよ?」
「そりゃあだってお前、この感じだと、エマちゃんに黒焦げの料理モドキ食べさせそうだし」
「……正直、否定はできねぇ」
「よし! そうと決まれば、今日はなにをつくろうかな? お前は野菜炒めつくりたいって言ってたか。ちょっと買い物カゴの中身見せてみろ――」
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