蓄光

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―――その少女は、光り輝く  丸太小屋全体に、焼きたての小麦の香りが広がる。少女は、少し錆びついたベルを鳴らし、パンの焼き上がりを知らせた。 「みんなー!朝ごはんだよー!」  それを合図に、雑木林を開拓して作られた広場へ続々と子ども達が集まってくる。背が低い子、高い子。男の子、女の子。全部で15人の子どもが、パンの前に列をなす。皆に共通して言えるのは、やせっぽっちという点だ。その中でも、特に小さくて脆い女の子が、列の先頭に立つ。名をサーラと言った。歳の小さな子から並ばせるのが、この集団の決まりだ。 「おはよう、ミナ。今日はどんなパンなの?」 「おはよう、サーラ。今日はロールパンだよ」 『ミナ』と呼ばれた少女は、サーラに焼きたてのロールパンを1つ、渡してやる。サーラはつぎはぎだらけのスカートを広げて、そこでパンを受け取った。 「うん、いい匂い!ありがとう!」  サーラは慎重に歩いて行って、年長組が椅子がわりに用意した木箱に座って、パンをほおばった。  ミナがサーラを目で追って、その後ろに視線を移すと、大きな街が見えた。高台にあるこの広場から見下ろすととても近そうに見えるが、実際は馬車で1時間かかる所にある街だ。港が近く栄えていて、夜になってもなかなか灯りが落ちない。 『食べる』というのは、生命を維持するために欠かせない行為だ。特に、ここに集まった育ち盛りの子ども達は、毎日お腹いっぱいにパンを食べて、大人に近づいていかなくてはならない。それがままならないのが、この街の闇だ。 「おい!それは僕のだぞ!」 「ジムはもう2つも食べたじゃないか!」  ミナが遠くの街に思いを馳せていると、目下でケンカが始まった。いつのまにか、ミナが提げていたバスケットのロールパンがすっかり無くなっていた。 「もう、2人ともケンカしないで……」  うろたえるミナの鼻腔に、また、小麦の香りが広がった。 「ほらほら、まだ沢山あるから。仲良くしなさい」  長い黒髪を1つに結わえた長身の男が、バスケットを二つ提げてミナの後ろに立つ。 「カジム!おはよう!」  挨拶と同時に、次々とパンが消えていく。 「ああ!もう、ちゃんと並んで」 「いいんだ、ミナ。あんなに美味そうにしてる」  さっきまでケンカをしていた男の子2人が、向かい合って木箱に座り、笑顔でパンをほおばっていた。 「もう。カジムはみんなに甘いよ。だから私が怖がられるじゃん!」  カジムと呼ばれた長身の男が、頭を掻きながら苦笑いする。 「サーラはミナ大好きよ。カジム、ごちそうさま。行ってきます」  一番最初にパンを食べ終えたサーラが、ミナにハグをしてから広場を後にした。サーラはこれから街の工場で、日が暮れるまで刺繍をする。サーラの小さな手から生み出された刺繍は、とても繊細で評判が良い。 「ごちそうさま、行ってきます!」 「ごちそうさま、夜は白パンがいいな」  他の子ども達も、次々と働きに出て行く。靴磨き、配達、リンゴ売り、荷馬車引き、など、いろいろだ。子どもだから、とても安い賃金で働いている。  ミナも2年前までは、街にある小さな宿屋で住み込みで働いていた。ミナの仕事は港に着いた観光客を宿屋に連れてくる事だった。半ば強引に、大きな荷物を代わりに持って、宿屋に案内する。もう他に宿をとっていると言われれば、その後はまた港へ戻って船を待つ。邪険に扱われることもあったが、それはまだいい。客を連れて来られない日は、食事を与えて貰えなかった。だから、海が荒れて船がない日が続くと、命に危険が迫る。  ある日、暑さと空腹で倒れたミナを救ったのが、カジムだった。  ミナが初めて丸太小屋を訪れた時、ミナより少し年上の少女が世話を焼いてくれた。カジムがここで、街からはみ出した子ども達に無償でパンを食べさせている事や、家事や、カジムの手伝いの仕方、たくさん教わった。その少女が、街の富豪の家で雇われる事になり、ミナが代わりを務めるようになった。けれどミナは、その少女の名前をどうしても思い出せなかった。  記憶のカケラを集めようと、しかめっ面になっているミナの肩をカジムがポンと撫でる。 「ミナ、街へ買い出しに行こう……夜のパンはミナが作るかい?」 「えっ!いいの!?」  買い出しには度々連れ出してもらえたが、パン作りをさせてもらうのは初めてだ。もちろん、カジムが作るところを毎日見ているから、作り方や材料は頭に入っている。 「ああ。今日は満月で明るいから、時間がかかっても大丈夫さ。みんなの腹の虫は、うるさいけどね」  カジムが、からかうようにクスクス笑う。もう13歳になるのに子ども扱いされて、ミナは少しムッとした。 「私、カジムと同じくらいの速さで作れると思うわ」 「へぇ、それは楽しみだ」
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