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3.俺 VS KKラーメン!
店主が調理を始めてから数分が経過したところで、それは、俺の目の前に差し出された。
「お待たせしました」
「……」
あ、これはあれだ。ダメなやつだ。ヤばいやつだ。一目でわかる。確実に、俺が自分で作ってみた方が美味いのだと理解できる。
ちなみに俺はただのズブのド素人だ。料理の心得なんかロクにありゃしない。味覚だって怪しい。だが、そんな俺でも、スーパーで適当に買った有り合わせの材料を使えば、この目の前にあるラーメンもどきより遥かに美味いものを作り出すことができるだろうと、断言できるのだ。
食ってもいないのに評価を下すのはフェアではない? 確かにその指摘には一理ある。オーケーオーケ。では、論より証拠だ。早速食ってやるとしようじゃねえか。
(いくぞ!)
俺はカウンター席に置いてあった割り箸を手に取り、パキッと二つに割り、この得体の知れないラーメンのような何かに挑んだ。
上に乗っかっている魚介……主に貝類だと思われるのだが、こいつらは一目見ただけでわかるくらい、鮮度がよろしくない。食えないレベルではないかもしれないが、どこかこう、しなしなしているというのか、ちょっと黒ずんでないかと思った。
しかし、そんな事は大した問題ではなかった。
貝類の見た目の悪さに、俺は心の中で『だから冷蔵庫を使えってんだよ』とかブツクサ文句を言いながら、箸を丼に突入させた。
次の瞬間、衝撃的な出来事が起きた。
(うおっ!?)
それ……麺の塊が丸々一つ、ずるりとずれたのだ! 例えるならば、Xゲームにおけるスケボーの大会を想像してほしい。すり鉢状の競技場にて、プレイヤーが上から下、更に上へと滑らかに滑っていくようなイメージで、麺の固まりがずれたのだ!
これは何だ? 地滑りでも起きたとでも言うのか? ベタなコメディか何かで、ズラがベリッと剥がれたとでも言うのか?
驚きはそれだけではない。更に見よ!
(こ、これはっ!?)
ラーメンというものは、基本的に熱湯で茹でて湯きりをしたら、スープの中でしっかりと絡ませるようにかき混ぜるものではないのか? もしかするとその概念は誤りで、俺が間違っていると言うのか?
そうだ。俺はふと、焼きそばのことを思い浮かべた。鉄板で具材と共に炒めた後、麺をヘラで熱々の鉄板に押し付け続ける。すると焼きそばに焦げ目がつき、パリパリして香ばしくて美味いものになるのだ。
それは、中華風のあんかけ焼きそばとかでよくあるやつだな。それならば、麺が固まっているのも焦げ目がついているのも納得がいくというものだ。だが、こいつは違う! こいつは焼きそばではない! 焼きそば風汁なし麺でもない! 否! こいつは歴としたラーメンのはずだ! そうなんだろう!?
そして、改めて見よ!
(おかしいだろおい!)
問題の箇所は固まった麺の底部だ! なぜか少し焦げている! 茹でていたはずなのになぜ焦げている!? 一体どういうことだ! 焼いたのか!? それとも少ない水分で茹でて蒸発して焦げちまったのか!? さっぱりわからん! 謎だっ!
(ぐ……!)
俺には……一つの主義がある。
それは、出された飯に文句はつけるな。どんな不味い飯でも、とりあえず最後まで食いきれ。ということだ。……完成した物の質はどうあれ、労力をかけてくれた相手に対する礼儀だと思っている。
きっと俺は、もし仮にどんなに飯作りの苦手な嫁さんを迎えたとしても、決して文句をつけたりはしないことだろう。
そういう男なのだと自分でも理解している。いい。飯作りが苦手なのなら、俺が作る。だから君は、他の事で俺をサポートしてくれと、そう思う。
しかし、こいつは……。
(魚介が……まずい)
加熱してあるから衛生的には恐らく問題はないと思われるのだが、どこかこう、妙な生臭さを覚える。
問題はそれだけではない!
(スープが妙に濃い。そして、謎のとろみ……!)
ああ、これではまるで、スープではなくてタレだ。沼の中は妙にしょっぱいだけで、味に深みも何もありゃしない。麺は麺で、箸でほぐそうとするも、何だか塊になっている。水とんじゃねえんだからよ……。
(何だこれは何だこれは何なんだ一体!)
やれやれと思った。どうやら、覚悟を決めなければならないようだ。
俺は、忙しいときに乱暴に飯をかっこむような要領で、麺をずるりずるりとすすった。麺が、や、柔ら硬い! 柔らかい中に何故か硬い部分がある! 何だその表現は!
(えぇい畜生! 早く無くなれこのラーメンもどきが!)
そこにはもはや、美味いものを楽しみながら食って、荒んだ心をリフレッシュさせようなどと言う気はまるで起きなくなっていた。
心が更にささくれていく。食事も場合によっては大きなストレスになり得るものなのだな。
俺は、自分が今なすべき事を理解していた。とにかく、一刻も早くこの異常な事態を終息させなければならない。仕事もプライベートも、わけのわからんトラブル対応の火消し役かよ! まったく!
――この様にして、悪夢のような一時は過ぎていった。
「ありがとうございました」
「……」
俺はもう、店主を睨み付ける気にもなれなかった。
だいぶうんざりしながら、たしか八百いくらだか払ったような気がする。もう、どうでもいい。さっさと俺を解放してくれ。
(何だったんだ。この店は)
ああ、クソまずかった……。まずい店に出会ったことはいくつかあるけれど、ここまでの物件は今までに経験が無いな……。間違いなく殿堂入りレベルだよ。
正直なところ、飯を食った気がしない。俺は車を走らせ、当初行く予定だったラーメン屋の横を通りすぎる。ああ、ネギラーメン大盛りと餃子、食いたかったなぁ。無意識のうちに、深い溜息をついていた。
それから段々と、思い出したかのように怒りが込み上げてくる。苦労してストレスを溜め込みながらへとへとになるまで労働して、それでこの仕打ちかよ。理不尽だ。ふざけんなよ畜生! こんな事ならコンビニで適当に弁当でも買って食った方が遥かに良かったぜ!
このようにして、KKラーメンの伝説は、俺の心の中に苦い思い出として残ることになったのだった。
……ちなみにそれから何年かして、KKラーメンは廃業した。さもありなん、といったところだな。
――俺はふと、数年前の、夜の出来事を思い出していた。
一体どうしたら、あんなにまずく作れるのだろう?
世の中には不思議なことがあるものだと、俺は念願の美味いネギラーメンをすすりながら、そう思うのだった。
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