ちょっとそこまで

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俺がもっと子供だった頃、家から歩いて10分程度のスーパーへひとりでお遣いへ行くのも冒険だった。受け取ったお金を握りしめ、買うものを忘れないように、呪詛のように呟きながらよくいったものだ。 あれからもう20年か。年を重ねるほどに、その冒険は日常へと変わりなんの面白味もなくなった。 「ねぇ、ちょっと買い物頼まれてくれない?」 外では蝉がけたたましく自己主張をし、エアコンの効いた部屋にいても外の暑さを感じる昼中。 それなりにいい年をした息子に、安直なお遣いを頼む母親。デートの予定のひとつもない土曜日、ボンクラ息子の俺は渋渋ながら頼まれた。 「牛乳と食パン、牛乳と、食パン」 記憶力に自信がないヤツでも忘れないだろう買い物リストを呟きながら靴を履く。 「いってきます」 歩き慣れた道を進み、行きつけのスーパーへとたどり着いた。 【店舗改装につき、本日臨時休業】 俺の背中を、ツーっと汗が伝う。ティシャツがベタリと背中にはりつく不快さを感じながら目の前の紙を見つめる。パソコンで打ち込まれた文字が冷ややかに並び、入口の自動ドアに貼りつけられていた。 昔からここにあって、多少古ぼけてはいるがまがりなりにもこの地方に根付く、チェーン展開するスーパーが突然に臨時休業なんて、と俺は落胆した。 「せっかく来たのに」 よくよく見てみると、まだ何か書いてある。 【近隣店舗をご利用ください】 ご丁寧に何店舗か、店名と地図が書かれていて、貼り紙の隣には広告まで掲示されている。これは、是非ともお越しくださいと言わんばかりだ。 「めんどくさいけど、歩くか」 貼り紙にかかれた地図を写真に納め、トボトボと歩き出す。自分のテリトリーより一歩外へ、幼少期のわくわくが少しだけ顔を出している。あっちに行ってみよう、何かあるかもよと心で誰かが囁いている。 「どうせ暇だし、遠くのスーパーに行ってみるか」
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