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その日は寒かったんだ。
日中まだクソ暑ぃこの土地に油断した。ベッドに横になったものの犬のサイズじゃ腹しか温まらねぇ。
猫はこのぐらいの寒さでは寝室にも入ってきやしねぇし。いたところで両脇が温まる程度だが。
だから、なんとなく。
本当にただ、なんとなく手を伸ばした。パソコンの横にコイツ用の椅子を買って今日までずっと触れることもなく、ただそこに座らせていただけのヌイグルミ。
5年前のあの日みてぇに首を引っ掴んで引き寄せた。そのまま抱き枕よろしくで股に挟んで落ちついた。
案外暖かくて、案外フィットして、案外モフモフと肌触りもいい。
箱から出した時以来だった、このヌイグルミの顔を見たのは。薄暗い部屋の僅かな光の下、ヌイグルミと目があった。
ドキリとした。
いや、ぎょっとした。
黒いプラスチックの瞳が埋め込まれているはずのそこに、アイツがいた。
三角形の鼻、焦げ茶色のモフモフ、しっかり耳までついてどう見繕ってもクマのヌイグルミのはずなのに。
「まじか」
鼻っ面をつまんで無理に下に引っ張ってみたり。顔面に押し込んでみたり。右に左へとビシビシ向けてみたりしたんだけど。
確かにアイツがいて。
この目にアイツを見ちまって。
メルヘンにも程がある。ヌイグルミだけでも結構なメルヘン具合だというのに。
でも、どうしようもなくその目を見つめてしまっていて。黒いベッタリとしたプラスチックのはずの瞳は、生気を帯びた瑞々しい光を放っていやがってさ。
あぁ、お前はどこにでもいてくれんだなって心底嬉しくて悲しくて。
俺は静かにそいつを枕の上に転がして横に並んだ。驚くほど等身大のサイズに思わず笑えて来て。
似てやがんだよね、あの日は全く感じなかったのに。顔がマジで似てやがる。クマ面とか笑わすよな、くくくっ。
分かってんだよ。
ただの光の具合だってことは。黒いプラスチックがオレンジ電球の光をうまい具合に反射して、昼間とは全く違う印象を与えてるだけだってこと。
分かってるよ、クマはただのヌイグルミだってこと。
分かってるよ。お前はもういないって事。
分かってる、全部分かってる。
分かってるけど、その日俺は出会ったんだ。一度別れてしまったアイツの目に。一度見失ってしまったアイツの目に。
あの夜から俺はこの瞳を毎晩毎晩求めてる。大丈夫だ、大丈夫だからと。何とも読み取れねぇ面なのに、いつもアイツがそうだったように黙って全部を受け入れてくれて、大丈夫だっていってるようで。
あの夜から俺のベッドには巨大なクマが居座ってる。
アイツが編んだシーグラスを首にぶら下げて、時々犬のオモチャになりながら、時々クッションに使われたり、時々干されたまま雨に降られてずぶ濡れになるけど。
今夜も俺が寝入るまで横に並んでくれるだろう。
FIN
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