悪意

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明日から夏休み、という終業式の日。 咲は月島先輩と蝉の声が響く屋上にいた。 『おとうさん』から言われた条件を話すと、月島先輩は喜んでーー 「…咲の親を騙すみたいになって悪いけど、これで、お前と…」 咲はやっぱり真っ赤になる。 「1回目の”デート”で、最初に咲に携帯買う。じゃないと連絡取れなくて敵わん」 「え…そんな」 咲は、『おとうさん』に、携帯電話を持たされていなかった。 「バイトしてるから、金はある。心配するな」 月島先輩は笑った。 合唱部の部活は月曜から金曜の9時から12時だ。 もちろん、『おとうさん』の送迎あり。 月島先輩は時々会えるように学校に顔を出すと言った。 そして、1回目の”デート”は、2週間後の、8月1日の土曜日を予定することになった。 咲は青葉に口裏合わせを頼んだ。 青葉はノリノリで、協力を約束してくれた。 ーーーーー 夏休みの1日目。 合唱部には、ラフなジャケットにジーパン、サングラス姿の田中一郎太(たなかいちろうた)が来ていた。 ざわざわと騒がしい部員。 田中一郎太は、テレビでよく見る、有名人だ。 咲たちの通う、N校のOBで、作曲家、アイドルグループのプロデューサーとして多方面で頭角を現し、活躍している若手。その知的な話術で、最近はタレントとしての人気も上がってきていると評判の、有名人。 「うわ…田中一郎太だよ…!」 「ホント…」 「なんでここに?」 「ここの卒業生ってのは聞いたことあるけど…」 部活の初めに、顧問の先生が説明するには、田中一郎太も昔、兼部で合唱部に所属していた。 なんでも”新しい映画のテーマ曲”を考え中で。その映画が、瑞々しい青春映画なので、母校に来て、その当時のピュアな感覚を取り戻したい、高校生と触れ合いたいということで、夏休みの間、しばらく通うらしかった。 窓から外に向かって発声練習をしていると、田中一郎太が咲のそばに来た。 「君、名前は?」 「江藤咲です」 咲は会釈すると、田中一郎太の方をきちんと見て、答えた。 「いい声だね」 「…あっ…ありがとう、ございます…」 田中一郎太は大人っぽく髪を掻き上げて、咲に微笑んだ。 それからーー 部活の時は、ちょくちょく田中一郎太を見かけるようになった。 咲はいつも微笑まれて戸惑った。 田中一郎太は、咲の声を気に入ったようでーー 「咲、いいなあ…」 「もしかして、プロデュースさせて!とか言われたりして?」 「そんなの、ないない…」 咲はただ、一生懸命歌った。歌が、好きだからーー。
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