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咲の『おとうさん』は江藤凌一(えとうりょういち)という。
凌一は、咲とは血がつながっていない。
咲は、凌一の別れた妻の連れ子だった。
咲が1歳になる前。当時30歳の咲の母親と18歳だった凌一はバイト先で出会った。
咲の母親はとても目を引く容姿をしていた。大人の女性らしく、それでいて少女のように魅力的で。微笑まれ、頼られてーー若い凌一はすぐに恋に落ちたのだ。2人はすぐ同棲し、凌一の専門学校卒業を待って、結婚した。
そして、よくある話だが、結婚から1年もたつと、自称”恋愛体質”な妻は浮気をして、駆け落ち同然で、他の男の元に行ったのだった。咲を、置いて。
ふたを開けると凌一の元妻は、出会った頃からずっと、行きずりを含め、色んな男と浮気をしていたらしい。
咲の父親もどこの誰かわからない。
自分は愛されていなかった…凌一は悟った。
凌一の両親は、交通事故で他界していて、凌一は保険金や遺産で金銭的には苦労はなかったものの、頼れる身内は既になく、また、離婚した元妻ーー咲の母親とも音信不通になっていた。
それでもーー『おとうさん』である凌一は親代わりとなり、罪のない咲を心から愛し、向き合い、守るように、大切に大切に育てた。
在宅の仕事を選び、”母親”を知らない咲が、”母親”を知らないままでも、不自由なく幸せでいられるように、笑っていられるように、”母親”役として、また”父親”役として惜しみなく十分な愛と時間を注いだ。
ただ、咲が、幸せであるように。
そして、咲は凌一の理想通り、ちょっと世間知らずではあったが、純粋に育った。
中でも咲の髪は幼少期からとても美しく、『おとうさん』の凌一は毎日の手入れを欠かさなかった。長い長い髪に櫛を入れ、丁寧に編み込んで…
輝くばかりの、自慢の娘の黒髪。美しい咲ーー
ーー咲だけは。
咲だけは…元妻とは違う。
世の中の”女”達とはまるで違う。
俺が、守る。この小さな咲を…必ず幸せに、する。
美しいまま、けがれを知らないままでーーそばで、ずっとーー
凌一は、咲が小さい頃から抱きしめて一緒に寝た。
小学生になる頃、一応は何度か別々に寝ようと試みた。
その度に、咲は『おとうさん』のベッドにもぐりこんできた。
『怖い夢を見た』『淋しくて寝られない』『おとうさんと一緒がいい』『おとうさんが大好き』
大粒の涙をこぼしながら抱きついてくる、可愛い小さな咲に負けてーーそれから2人はずっと一緒に寝ている。
ーーこんなことは…”普通”ではない。
そんなことはとっくにわかっている。
純粋な、感情のはずだ。”家族の愛”だ。
だが、もう…
本当は、今や凌一こそが、咲のぬくもりを手放せなくなっていた。
その感情は『おとうさん』としてのものなのか、”男”としてのものなのかーーもう、凌一にはわからなかった。
わかる気も、なかった。
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