124人が本棚に入れています
本棚に追加
いつものように昼休みを一緒に過ごし、月島先輩と別れて、咲が廊下を歩いていると、突き当りで4人の男女が立ち話をしていた。
男3人、女1人。”ちょい悪グループ”の、3年生だ。
咲がそばを通り過ぎようとするとーー
「…ねえちょっと。アンタ、江藤咲よね?」
あっという間に囲まれる、咲。
「っ…はい、」
「ふーん。可愛い子じゃん。
…これが今の、玲央の”オンナ”か」
「…っ」
値踏みするようにじろじろ見られて、咲は困った。
「”あの”玲央のオンナがこんな大人しい清純タイプなんてさー
玲央、こんな趣味、あったっけ?初めてだよね?」
「まあ”たまには和食も食べたくなる”ってヤツだろ?
それに、どうせ清純に見えるだけだろ?
こういう子ほど実はさ?ふふっ…」
「玲央ってば、なんでこんな映えない女、なの?
コレのどこがいいの?
こそこそしてさ!
ねえ、いつからなの?
アンタ、なんなの?」
4人の中の1人ーー派手めな女子生徒が咲を睨んだ。
次の授業がもうすぐ始まる。
どうしていいかわからず、咲は震えるーー
「…っ」
男の1人が壁に手をついて咲の進路を完全に塞いだ。
目の前にぬっと突かれた、腕。
「あー…”咲ちゃん”、ちょっと待ってよ」
「瑞穂が話があるってよ」
左は壁。前を塞ぐ腕。横にも後ろにも、迫られて、咲は閉じ込められる。
諦めて、咲は『瑞穂』と呼ばれた女性の方を向いた。
「あのね。言っとくけど私がホントの玲央の彼女なの。
アンタとは遊び。
私がいるのにホント浮気性なんだから…
わかったら、さっさと玲央と別れなよ」
『瑞穂』は、おろした明るめの髪に、くるくるとキレイなパーマを掛けている。カラダの線の細い、華奢で小顔な、モデルか芸能人にでもなれそうな、ものすごい美人。とても大人っぽくて…スタイルもよくて、驚くほどキレイな人だった。
声までが美人。ただ、その艶やかな唇から吐き出される言葉はキツイ。
彼女のことは、”学校一の美人”として、咲も遠目で見たことがある。
「いい?理由は何でもいから、自分から身を引くの。
騙されてんのよ、アンタ。
ヤリ棄てられるだけだよ?
あの女好きの玲央が今まで何人抱いたか知ってんの?
アンタなんかすぐ飽きられるのよ。
アンタに”あの”玲央の彼女なんて務まらないし、私は絶対認めない。
これ以上私を怒らせたら怖いわよ!絶対後悔させてやるから」
「ヒエー!
”咲ちゃん”これホントだよ…瑞穂は色々ヤバい女だから」
「ははっ…確かに」
ーー”彼女”…ホントの”彼女”…月島先輩の…
『今まで何人抱いたか知ってんの?』
一瞬、さっきまで一緒にいたはずの月島先輩の顔が咲の脳裏によぎった。
ーー『アンタとは遊び』『騙されてんのよ』
……
咲は、罵られながらも、『瑞穂』を見て純粋に、すごく美人だなと思っていた。
この人が笑ってくれたら、きっときっと女の自分でさえ見惚れて、嬉しくて夢中になりそうなぐらいーー
「玲央が好きなの。絶対、私は別れないから」
わずかに潤んだ『瑞穂』の美しい瞳にくらくらする。
こんな美少女を自分が泣かせていることが、とても罪深く思える。
月島先輩と並べば、美男美女…、2人は完璧、お似合いだ…
ツキン…咲の胸が音を立てて軋んだ。
ーーダメ…離れる…離れよう…
傷つけたくない……今なら、まだーー
母親のことがあって、『おとうさん』は咲には何も言わなかったけれど、咲も母親がしたことはあらかた近所のおばさん達の噂で聞いていた。
人を困らせたり、泣かせたり、悲しませたり…小さな頃からそんなことは絶対に絶対に望まない咲だったからーーましてこの『恋愛』の場合、身を引く選択肢しか、咲にはなかった。
咲は瑞穂をまっすぐ見つめた。
「…わ、かりました」
「はあっ!?」
面食らったように驚く、瑞穂。
「わかったって…アンタ…それなんなの?
いい子ぶってんの?
それとも同情?
私をバカにしてんの?」
「へえ」
「瑞穂、話が早くてよかったじゃん」
「想像しなかった展開だな(笑)」
男子生徒3人も、少し驚いてーーニヤニヤと笑った。
「江藤咲か。…おもしろい」
壁に手をついて塞いでいた男子生徒が、壁から手を離すと、咲の顎に触れて上向かせて言った。この人は、スパイラルパーマの『橋本先輩』だ。
「橋本、お前その子がいいの?」
「…いや」
橋本先輩は、咲をじっと見つめた。
「…」
「おい!そこ!何してる?
急げよ。授業始まるぞ」
その時、通りかかった先生の一言で、咲は、やっと解放されたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!