悪意

4/6
125人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
ーーーーー 「あ、すみませーん…」 漫画みたいに、坂道を転がるオレンジ。 咲の『おとうさん』の凌一は転がって来たオレンジを素早く3つともキャッチした。 明るめのくるくるとキレイなパーマが掛かっている髪。カラダの線の細い、華奢で小顔な美人が、ニコニコ笑いながら凌一からオレンジを受け取った。 「全部拾ってくださるなんてすごいです! ありがとうございます。」 「いえ…」 凌一は足早に去ろうとする。 女性は凌一の腕を掴んだ。 「あの、待ってください。 …お礼をしたいんです。失礼ですが、お名前は?」 「そんな、お礼をされるようなことは」 「じゃあ、そこの喫茶店で少し話しませんか?」 指し示す女性の指の先に、洒落た喫茶店が見えた。 「いえ、結構です」 にこりともせず、若く美しい自分に全く興味を示さない凌一に、女性は一瞬眉間にしわを寄せた。凌一は気づかなかった。 「あの、私、N高生なんです」 「N高生?」 凌一が興味を示したのを、女性ーー『瑞穂』は見逃さなかった。 「あなたのような大人っぽい方が、…女子高生とは…」 「ふふ…”女子高生”はもうほとんど大人ですよ。 カラダも、心も…」 瑞穂は凌一と喫茶店に座っていた。 瑞穂は素早く観察する。 ーーデータでは、今年34歳。カラダも締まってるし年齢より若く見える。それに、結構爽やかで、大人の、いい男。 まあ、玲央の魅力には劣るけれど… それに美人の私には興味なさそう。だけど…きっと…この”女の勘”は当たる筈。 「お兄さんって、N高のOBなんですか?」 「お兄… いえ、”娘”が通っているんです」 「あら。そんなにお若いのに、高校生の娘さんが…? 私は瑞穂と言います。 これも何かのご縁。お兄さんのお名前…教えてくださいますか?」 「江藤です」 瑞穂は凌一にわからないようににやりと口の端だけで笑った。 「あー!もしかして、咲ちゃんの?」 凌一は驚いた様子で、瑞穂を見つめる。 「咲を知ってるんですか?」 「私、咲ちゃんとは仲良しなんです! 咲ちゃん可愛くて素直だからすっごくモテますよね!」 ピクリと凌一の眉が動いたのを、瑞穂は見逃さなかった。 ーー反応あり…間違いないわ… 「あの、咲ちゃんって、最近”彼”が出来たみたいですね!」 「…は?!」 凌一は絶句した。みるみる悪くなる、その顔色。 「んーと、彼は3年生で、確か”月島”…”月島玲央”…って言ったかな? そうそう、”月島玲央”です。 どうも、もう深い仲みたいで…学校でもこっちが恥ずかしくなるぐらい、手をつないだり、抱き合ったり、羨ましいぐらいラブラブ❤ってしてますよ!」 凌一が片手で口を塞ぐ。 「…つきしま…れお…?」 店内は冷房がよく効いていたのに、凌一の額には小さな汗がにじんでいた。 「それから…あ… んー…”お父様”に言ってもいいのかしら…」 瑞穂はわざと困ったように眉根を寄せてチラっと凌一を見た。 「なんですか?」 「えっと、告げ口みたいで…言いにくいんですけど」 「かまいません、教えてください」 「あの…2人揃って学校を休む日が…結構…週1回ぐらいは…あるんですよね」 「…?!咲が、学校を…休む…??」 ーーもう少し…だわ 「ええ。 そういえばこの前なんか、咲ちゃんが授業中に”気分が悪い””吐きそう”って保健室に駆けこんでましたけど…その後、おうちでは大丈夫でしたか?」 ーーこれで、最後… 心配そうにさらに眉根を寄せて、瑞穂は言った。 「私、心配で…高校生で、”妊娠”、とかなると…やっぱり…」 ガタっと凌一は立ち上がると、ひどい顔色で、お札をテーブルに置いた。 「すみません…用事を思い出したので…これで、 …失礼します…」 凌一は慌てた様子で、喫茶店を急いで出て行く。 「ふふ… ふふふ…」 瑞穂は冷めたコーヒーに口をつけて、妖艶に笑った。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!