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「あ、すみませーん…」
漫画みたいに、坂道を転がるオレンジ。
咲の『おとうさん』の凌一は転がって来たオレンジを素早く3つともキャッチした。
明るめのくるくるとキレイなパーマが掛かっている髪。カラダの線の細い、華奢で小顔な美人が、ニコニコ笑いながら凌一からオレンジを受け取った。
「全部拾ってくださるなんてすごいです!
ありがとうございます。」
「いえ…」
凌一は足早に去ろうとする。
女性は凌一の腕を掴んだ。
「あの、待ってください。
…お礼をしたいんです。失礼ですが、お名前は?」
「そんな、お礼をされるようなことは」
「じゃあ、そこの喫茶店で少し話しませんか?」
指し示す女性の指の先に、洒落た喫茶店が見えた。
「いえ、結構です」
にこりともせず、若く美しい自分に全く興味を示さない凌一に、女性は一瞬眉間にしわを寄せた。凌一は気づかなかった。
「あの、私、N高生なんです」
「N高生?」
凌一が興味を示したのを、女性ーー『瑞穂』は見逃さなかった。
「あなたのような大人っぽい方が、…女子高生とは…」
「ふふ…”女子高生”はもうほとんど大人ですよ。
カラダも、心も…」
瑞穂は凌一と喫茶店に座っていた。
瑞穂は素早く観察する。
ーーデータでは、今年34歳。カラダも締まってるし年齢より若く見える。それに、結構爽やかで、大人の、いい男。
まあ、玲央の魅力には劣るけれど…
それに美人の私には興味なさそう。だけど…きっと…この”女の勘”は当たる筈。
「お兄さんって、N高のOBなんですか?」
「お兄…
いえ、”娘”が通っているんです」
「あら。そんなにお若いのに、高校生の娘さんが…?
私は瑞穂と言います。
これも何かのご縁。お兄さんのお名前…教えてくださいますか?」
「江藤です」
瑞穂は凌一にわからないようににやりと口の端だけで笑った。
「あー!もしかして、咲ちゃんの?」
凌一は驚いた様子で、瑞穂を見つめる。
「咲を知ってるんですか?」
「私、咲ちゃんとは仲良しなんです!
咲ちゃん可愛くて素直だからすっごくモテますよね!」
ピクリと凌一の眉が動いたのを、瑞穂は見逃さなかった。
ーー反応あり…間違いないわ…
「あの、咲ちゃんって、最近”彼”が出来たみたいですね!」
「…は?!」
凌一は絶句した。みるみる悪くなる、その顔色。
「んーと、彼は3年生で、確か”月島”…”月島玲央”…って言ったかな?
そうそう、”月島玲央”です。
どうも、もう深い仲みたいで…学校でもこっちが恥ずかしくなるぐらい、手をつないだり、抱き合ったり、羨ましいぐらいラブラブ❤ってしてますよ!」
凌一が片手で口を塞ぐ。
「…つきしま…れお…?」
店内は冷房がよく効いていたのに、凌一の額には小さな汗がにじんでいた。
「それから…あ…
んー…”お父様”に言ってもいいのかしら…」
瑞穂はわざと困ったように眉根を寄せてチラっと凌一を見た。
「なんですか?」
「えっと、告げ口みたいで…言いにくいんですけど」
「かまいません、教えてください」
「あの…2人揃って学校を休む日が…結構…週1回ぐらいは…あるんですよね」
「…?!咲が、学校を…休む…??」
ーーもう少し…だわ
「ええ。
そういえばこの前なんか、咲ちゃんが授業中に”気分が悪い””吐きそう”って保健室に駆けこんでましたけど…その後、おうちでは大丈夫でしたか?」
ーーこれで、最後…
心配そうにさらに眉根を寄せて、瑞穂は言った。
「私、心配で…高校生で、”妊娠”、とかなると…やっぱり…」
ガタっと凌一は立ち上がると、ひどい顔色で、お札をテーブルに置いた。
「すみません…用事を思い出したので…これで、
…失礼します…」
凌一は慌てた様子で、喫茶店を急いで出て行く。
「ふふ…
ふふふ…」
瑞穂は冷めたコーヒーに口をつけて、妖艶に笑った。
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