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「咲、そろそろ寝ようか」
夜のいつもの、『おとうさん』の言葉。
「…うん」
いつもの『おとうさん』と一緒のベッド。
ーーほんの少しの違和感を感じながら、咲はベッドにもぐりこむ。
『おとうさん』は、咲に腕を回すと、咲のうなじをクンと嗅いだようだった。
「咲…今日、なんかあった?」
咲は一瞬真っ赤になった。全身に血が巡る。
ーー先輩と初めてのキス(おでこだけど)をしてきたなんて…どうやら”お友達”から付き合い始めることになったなんて…
ふわふわの綿菓子みたいな、甘い甘い、夢みたいな今日のこと。
『おとうさん』にはとても言えない。絶対、言いたくもない。
「…う、ううん、何も」
「そっ…か。
咲、カラダがぬくいな…
きっともう眠いんだね…お休み」
「おやすみなさい」
『おとうさん』の胸に抱かれて、咲は今夜もそのぬくもりに
ーーほんのわずかの違和感も疑問もーーバケツに落ちた一滴の墨汁が薄まるように消えてーー
あっという間に眠りにつくのだった。
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月島先輩と咲は昼休みに毎日会った。
クールな”不良”だと思っていた月島先輩は、実は、とても優しくて、明るくて。
雨の日は雨宿りできる屋根の下で。
晴れの日はお日様の下で。
他愛のない話に、昼休みの屋上には笑い声が絶えなかった。
咲は、月島先輩がとても好きになっていった。
「じゃーーーん!」
「げげーっ!」
ある日の昼休み。
月島先輩は、ポケットから黒猫柄の包み紙のフーセンガムを出した。
「あー、いけないんだ!先輩、先生に言いますよ」
「ははっ…真面目か。中学生かよ」
咲が冗談交じりに言うと、包み紙を破っていた月島先輩が笑ってーー
不意打ちでスッと咲の口の中にガムが押し込まれる。
「…んむっ…」
「これでお前も同罪。」
目を見開いた咲に、月島先輩は、挑戦的な目をして、ニヤリと笑った。
咲は、ドキドキして、赤くなる。
ガムを入れる時、先輩の長くて硬いキレイな指先がーー咲の唇と歯と舌に当たった。
その感触が…忘れられなかった。
ーーもっと触れてほしい、そう、思うなんてーー私…恥ずかしい…!
「…タバコ止めたら、なんか口寂しくってなー」
ガムを噛みながら月島先輩は、笑った。
ーータバコ吸ってたなんて知らなかったけど、止めたんだ…
校則違反のピアスはしてるし、制服もちょっとカッコよく悪目に着崩してはいるけれど、周囲からも『月島は最近少し変わった』『怖かったけど、目が優しくなった』と言われるようになったらしい。
咲のクラスメイトや友人に、咲と月島先輩との付き合いはまだ知られていないけれど、月島先輩は学校の有名人なので、風の噂で彼の評判は咲の耳にも届いていた。
一番最近の噂は、”新しい彼女ができた”こと…。
それを聞いたとき、咲は生傷をタワシで擦られてる気分だったけれど、その痛みを飲み込んだ。
ーーだって、好きだけど、月島先輩は自由だ。私達は、まだただの”お友達”だから。
ーー屋上で過ごすこの時間で、今の私は十分幸せだ…。
「なあ、咲。
咲を俺の”彼女”って、まだ言っちゃダメ?
俺、”オンナ”切らしたことないから、今フリーと思われてオンナが寄って来るのがうざくて」
「へっ?」
ーー何て??
「月島先輩…、今、”彼女”…、いるでしょう…?」
ーー…ん???何?その顔…??
「はあ?何?
…俺の”彼女”はお前だろ?
…まあ、厳密にはまだ”お友達”だけど?」
「え?…なっ…?
も…もしかして、まさか…聞くのも恥ずかしいんですけどっ…
わ…私なんですか!?噂になってる新しい”彼女”って!!」
「…はああ!???」
それからーーお互い”?”でいっぱいの2人は詳しく事情を話し合って、月島先輩はしばらくお腹を抱えて笑って、ーーそれから少しだけ口を尖らせた。
「俺って信用ねーのな。傷つくわ。”二股”とかしないっつーの」
「それは…本当に…
…ごめんなさい」
「もう、咲に疑われてたから腹が立った。
即日公表する。
もう”お友達”はやめだ」
「あのっ…月島先輩!」
真っ赤になる咲。月島先輩はニヤッと笑った。
「…咲、”玲央”だろ?」
「え…」
「”彼女”なら”玲央”と呼べ。
”先輩”はだめ」
「そんな、月島先輩…!」
「よっしゃ、ペナルティ発動!はい、ほっぺチュー!」
ドヤ顔の月島先輩が腰を折って、咲の前にかがむ。
真っ赤な咲はためらいながらも、勢いに抗えずーーその頬にそっと唇を当てるだけのキスをした。
ーーは…恥ずかし…
「どんどん間違えろよ?」
「もう…!」
嬉しそうな月島先輩に、真っ赤になる咲。
「あの…公表は…できればまだ…」
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