キャッチボールとふたりの距離

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 オレとアユムは、物心がついたときにはもう仲が良かった。同い年で、家がお隣で、家族ぐるみの付き合いがあったものだから、記憶も残らない小さなころからよく遊んでいたらしい。だからアユムとオレは、いわゆる幼馴染みというやつだった。  小学生のころ、オレたちは近所のでかい公園でよくキャッチボールをして遊んだ。そのたびにオレたちは、どこまで遠くに投げられるか勝負をした。少しずつふたりの距離を開けていって、ボールが相手に届かなくなったほうの負けだ。どっちがやろうと言い始めたのかはもう忘れたが、その勝負は一種の習慣になっていた。  アユムはひょろっちくて、ぜんぜん遠くに投げられなかった。  勝負はいつもオレの勝ちだった。 「クソッ、どうやったらカズキみたいに遠くに投げられるんだ!?」  アユムは負けるたびに悔しがっていた。  オレはその姿を見るのが好きだった。  勝負に勝てることと、アユムより上であることがうれしかったのだ。  けれど、オレがアユムに勝てたのは短い時間だった。学年が上がるごとに飛距離の差は縮まっていって、そして小学四年生になると、オレはアユムにまったく勝てなくなってしまった。  もっと遠くへ、あいつのいるところまで。  どんなに強く願っても、オレの投げるボールはアユムには届かない。  今度はオレが悔しがる番だった。  どうしてなんだ。  オレとアユムの何が違うんだ。  悔しくて、でも超えられなくて、そのうちにオレはアユムとのキャッチボールが嫌いになっていった。  なんとなく察したのかアユムもオレを誘わなくなり、勝負の習慣は自然と消えてなくなった。  オレとアユムの違い。  本当は気づいていた。  中学生になったいま、その違いは明らかだった。  制服に着替えて鏡の前に立つと、履き慣れないスカート姿の自分が映る。  この全身が映る鏡は「カズキも女の子なんだから」と母が買ったものだ。  こんなもの、オレの部屋にはなかった。  わけがわからねえよ。  家を出るとアユムが待っていて、一緒に学校に通う。  同じ中学に通っているのに、アユムはオレと違う制服を着ている。 「よう、カズキ」  屈託なく笑うアユムを見ると、なんだかムカつく。  オレは少しアユムと離れて歩く。  わけがわからねえよ。  スカート、胸の膨らみ、毎月訪れるお腹の痛み、「わたし」という一人称、急激に伸びるアユムの背、ふたりの距離、男と女。  どうして男のほうが、ボールを遠くに投げられるんだ?  どうしてオレは、女に生まれたんだ?  わけがわからねえよ。  アユムは野球部に入部した。オレには入ることのできない部活だった。  ふたりの距離は、これからさらに開いていく。  もっと遠くへ、あいつのいるところまで。  どんなに強く願っても、オレの投げるボールはアユムには届かない。  ずっと一緒だと思っていた。
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