5 ブドウ

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 インターホンのカメラに映った顔を見て、綺羅は呆れてため息をついた。  会いたくないなぁ。  そう思いながらも、手が勝手に鍵を開けてしまう。 「彼女持ちが、他の人の家に一人で来たら、駄目じゃない?」  入ってきた人物にそう言ってやると、静香は神妙な顔で呟いた。 「聞いたの?」 「……本人からね」  静香はまるで乙女のように、もじもじと赤くなる。  初めて見る顔を、綺羅は憎たらしく思った。 「よかったじゃん」  綺羅が言うと、静香は潤んだ目で綺羅を見上げた。 「ありがとう」  静香にそう言われた途端、拓の言葉が脳裏に浮かんできた。  触ってみればいいのに。  静香の頬に片手を伸ばしてみる。  静香は驚いて目を見開いたが、身を引いたりはしなかった。  そっと触れた頬は、柔らかかった。 「どうしたの?」  触れられたまま、静香が問う。 「……嫌じゃない?」  恐る恐る尋ねると、静香は笑って首を傾げた。 「どうして?」 「汚れないかと思って」  その刹那の破顔。生気が弾けるように、静香の顔に笑みが広がった。 「お前に触られたくらいじゃ、汚れないよ、馬鹿」  そう言って、反対に静香が手を伸ばし、綺羅を抱きしめた。  やばい、バレてしまう。  焦った綺羅の耳元で、静香が囁いた。 「知ってたよ、綺羅が男であることも、フリじゃないことも。ごめん」  綺羅は驚いて、静香を引きはがした。 「ごめん、てなに?」 「綺羅とは切れたくなかったから、フリだろって、気付かない振りをしていたこと」  静香の方が、フリだったのか。 「やっぱり、男とは駄目?」  そう確認すると、静香は面倒くさそうに、頭を掻いた。 「男でも女でも、どっちでもいいよ。綺羅は友達なの。大事な友達。性的な事絡めたくないの。せっかく、舞とうまくいきそうなのに」  なぜか静香に切れられ、綺羅は目が覚めたような気がした。静香はこんな奴だった。だから好きになったのだ。 「ねぇ、静香。自分が残酷なことしてるって分かってる?」  拓に言ったことを、まさか自分の為に言うとは思わなかった。  静香は鼻から息を荒く吐くと、綺羅の頬を両手で挟んだ。 「だから、ごめん、って!」  ごめんで済むなら、警察はいらない。 「ねぇ、綺羅。久しぶりにみんなでご飯食べに行かない?」  どの(つら)下げて……と言いかけて、綺羅は黙った。静香の頬を「触れた」と、静香の前で、三人に報告してやろう。 「いいよ」  結局、静香には勝てない。そう思いながら返事をしてやると、静香はにんまりと笑った。
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