10人が本棚に入れています
本棚に追加
恋をするとこんなにも世界が変わるのか。
その日から、舞の世界は一変した。
浮かれている、というのが、一番しっくりくる。貴宏の一挙手一投足が、舞の感情の全てに影響した。それが、舞を天国へも地獄へも連れて行く。
この劇的な変化を、学祭の時、舞は静香に初めて報告した。お好み焼きの屋台は大いにウケて、早々に完売し、他を回る時間が出来たのだ。
静香がすぐに誘ってくれたのも嬉しかった。「二人で」と言われたことも、貴宏のことを静香に話したい舞には、願ったりかなったりだった。
つんのめるように話す舞の話に、静香はじっくり耳を傾けてくれた。
最後に「そう」と呟く。
「貴宏のこと、本当に好きになっちゃったんだね」
静香は優しく微笑んでいたが、舞は何やら心が抉られた。気を取り直して、頷く。
「……うん、なっちゃった」
「そっか」
予想と違うなぁ。
静香の美しい横顔に見惚れながら、舞は思った。
静香はもっと、自分と一緒にはしゃいでくれるかと思った。浮かれる舞の手を取って、喜んでくれるかと、勝手に思い込んでいた。
しかしその顔は、浮ついたところなど一つもなく、ともすれば憂い顔に見えなくもない。
すぅっと熱が冷めて、舞は静香を見上げた。
「なに?」
舞の目線に気が付いて、静香が小首を傾げる。
決して舞を祝福していないわけではない。いつものように、笑ってくれる。だけど……
「静香も好きな人いるの?」
わだかまっていた疑問が、するりと解けた気がした。自分の言葉に納得する。そうか、静香も恋をしている。それも、自分みたいに浮ついたものではない。
しっかりと根を張った恋心。
矛盾するようであるが、静香の顔を見ていると、そんな気がした。
静香は軽く目を見張ると、フフッと楽しそうに笑った。
ああ、綺麗だ。
「いるよ、好きな人」
やっぱり。
「誰?」
当然のように訊くと、静香は人差し指を唇に当てた。それが艶めかしく、女の自分でもドキリとしてしまう。
「教えない」
「えぇっ、ずるいよ」
抗議するが、静香は笑ってばかりで、教えてくれなかった。
だが、舞は内心ほっとする。
あの横顔。何故だか、触れてはいけない気がしたのだ。
学祭を通して、五人の仲はより深く、親密になった。特に舞は、一緒に「焼き係」で汗水流した拓とは、気の置けない関係になっていた。「拓ちゃん」「舞ちゃん」と呼び合い、他のみんながいなくても、気にせず二人でランチやおしゃべりを、楽しむことができるようになった。
以前は苦手だった「可愛らしい」というレッテルも、拓がそう仄めかすだけで、舞は堂々と怒りをぶつけられるようになった。時に必要以上にわざとぶつけては、拓をやっつけることで、舞は拓に気を許すことができた。
拓といれば、もちろん貴宏も一緒にいることが多い。二人の間に自然と入っていられる気がして、舞は楽しかった。
楽しさにかまけている間、愛莉の声は鳴りを潜めていた。
だから舞は調子に乗ってしまったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!