1 ハッカ

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 恋をするとこんなにも世界が変わるのか。  その日から、舞の世界は一変した。  浮かれている、というのが、一番しっくりくる。貴宏の一挙手一投足が、舞の感情の全てに影響した。それが、舞を天国へも地獄へも連れて行く。  この劇的な変化を、学祭の時、舞は静香に初めて報告した。お好み焼きの屋台は大いにウケて、早々に完売し、他を回る時間が出来たのだ。  静香がすぐに誘ってくれたのも嬉しかった。「二人で」と言われたことも、貴宏のことを静香に話したい舞には、願ったりかなったりだった。  つんのめるように話す舞の話に、静香はじっくり耳を傾けてくれた。  最後に「そう」と呟く。 「貴宏のこと、本当に好きになっちゃったんだね」  静香は優しく微笑んでいたが、舞は何やら心が抉られた。気を取り直して、頷く。 「……うん、なっちゃった」 「そっか」  予想と違うなぁ。  静香の美しい横顔に見惚れながら、舞は思った。  静香はもっと、自分と一緒にはしゃいでくれるかと思った。浮かれる舞の手を取って、喜んでくれるかと、勝手に思い込んでいた。  しかしその顔は、浮ついたところなど一つもなく、ともすれば憂い顔に見えなくもない。  すぅっと熱が冷めて、舞は静香を見上げた。 「なに?」  舞の目線に気が付いて、静香が小首を傾げる。  決して舞を祝福していないわけではない。いつものように、笑ってくれる。だけど…… 「静香も好きな人いるの?」  わだかまっていた疑問が、するりと解けた気がした。自分の言葉に納得する。そうか、静香も恋をしている。それも、自分みたいに浮ついたものではない。  しっかりと根を張った恋心。  矛盾するようであるが、静香の顔を見ていると、そんな気がした。  静香は軽く目を見張ると、フフッと楽しそうに笑った。  ああ、綺麗だ。 「いるよ、好きな人」  やっぱり。 「誰?」  当然のように訊くと、静香は人差し指を唇に当てた。それが艶めかしく、女の自分でもドキリとしてしまう。 「教えない」 「えぇっ、ずるいよ」  抗議するが、静香は笑ってばかりで、教えてくれなかった。  だが、舞は内心ほっとする。  あの横顔。何故だか、触れてはいけない気がしたのだ。  学祭を通して、五人の仲はより深く、親密になった。特に舞は、一緒に「焼き係」で汗水流した拓とは、気の置けない関係になっていた。「拓ちゃん」「舞ちゃん」と呼び合い、他のみんながいなくても、気にせず二人でランチやおしゃべりを、楽しむことができるようになった。  以前は苦手だった「可愛らしい」というレッテルも、拓がそう仄めかすだけで、舞は堂々と怒りをぶつけられるようになった。時に必要以上にわざとぶつけては、拓をやっつけることで、舞は拓に気を許すことができた。  拓といれば、もちろん貴宏も一緒にいることが多い。二人の間に自然と入っていられる気がして、舞は楽しかった。  楽しさにかまけている間、愛莉の声は鳴りを潜めていた。  だから舞は調子に乗ってしまったのだ。
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