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2 パイン
「拓、花純ちゃん、絶対お前狙いだよ」
隣の同級生が、拓に耳打ちしてきた。息が酒臭い。だいぶ飲んでるな、こいつ。
「お前さ、彼女いないんだろ。いっとけよ」
絡んでくる同級生に、「いや、俺は……」と濁しながら、拓は昼間のカフェでのことを思い出していた。
いろいろ失敗したな、と自省する。
「ハッカ」と言った舞の、ちょっとうんざりした口調。
綺羅と拓のやり取りを見ていた舞の、驚いた顔。
貴宏が止めた時の、舞の少し口元が緩んだ顔。
最初に見た時から可愛いなと思った。でも気になり始めたのは最近だ。容姿に反したさっぱりした性格を、好ましく思った。ギャップ萌えというやつだ。
どちらかというと奥手な拓は、今までの恋愛ではいい思い出がない。今度好きな人が出来たら、積極的に行こうと心に決めていた。
うまく仲良くなれたなと思っていたのだが……
どうもなぁ。
親友の男が脳裏に浮かんだ。背が高く、イケメンで、頭が良い。不愛想なくせに、ここぞという時に気が利いて、皆の心をつかんでいく。
出来のいい長年の連れ。
舞の視線は、それとなく貴宏を通過していく。要するに気になっているようだった。
あいつとじゃあ、分が悪いな。
拓が気になる女の子は、だいたい拓の隣にいる貴宏を好きになる。幼稚園のころから繰り返されてきた歴史だ。
でも拓は貴宏が嫌いになったり、貴宏さえいなければ、と思ったこともなかった。
あいつは確かにいい男だ。
でも……と消えていくビールの泡を見つめながら、拓は思った。
舞をあきらめるのは嫌だな。
「好きな子いるから、パス」
拓がそう言うと、隣の同級生は「そうか」と応じた。何故か背中をバンバンと叩かれる。
「がんばれよ」
何でもないその励ましが、拓にはじぃんと沁みた。
「それで?その後俺の家に寄ったと」
じっと見つめてくる貴宏から、拓は思わず目を逸らせた。貴宏はこういうところがある。普段は他人のことに興味がなさそうで、人の話を聞いているのか聞いていないのか分からない。それは拓に対しても同じで、生返事をされて、苛立ったことも度々だ。それが、急にじっと見つめてきたりする。
どちらかというと、話半分で聞いて欲しい内容の時に、凝視される。
拓の真意を見透かそうと、目から何か発しているようで、拓はドギマギしてしまう。
「うん、貴宏には言っておこうと思ってさ」
どうしようか迷っていたのを、貴宏の目力で言わされている気がした。
「俺、やっぱ、舞ちゃん好きだわ」
拓が決死の覚悟でそう言うと、貴宏はフッと鼻から息を漏らした。笑ったのだ。
「今さら?見てりゃ分かるよ」
「そ……そうか」
決死の覚悟は空振りに終わり、拓は鼻の頭を掻いた。
そんな拓を貴宏はしばらく見ていたが、やがてテーブルの上に置いてあったコーラに手を伸ばし、音をたてて開けると、ごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
それからフーっと息をついた。男の拓から見ても、かっこいい。
「てか、お前、俺にそれだけを言いに来たわけじゃないだろ」
貴宏に言われて、拓はバツの悪い顔をする。
「俺を牽制しに来たんだろうが」
手にしていたペットボトルの蓋を閉めると、貴宏は笑って拓を見た。
「心配しなくても、舞は俺の好みじゃないよ。俺が舞を好きになることはない」
はっきりそう言われて、拓はホッとしたが、舞が少し可哀そうになる。
そんなことを思う自分に、少し嫌気がさした。
どうしたいんだ、俺は。
拓の百面相を眺めていた貴宏は、まぁまぁ、とその頭を叩いた。
「お前の優しさを舞もきっと分かるよ」
貴宏はいつもそう言って励ましてくれるが、拓の恋が叶ったことはあまりない。
「俺、お前になりたい」
半ば本気で拓がそうぼやくと、貴宏は急に真顔になった。
持参したポテトチップスの袋をガサゴソと開けながら、拓は内心首をひねった。
俺の恋が叶ったこともないけど、貴宏に彼女が出来たこともないな。
だが、拓がその疑問を口にすることはなく、些末な日常の話に話題は移っていった。
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