2 パイン

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「え?舞ちゃんの家で?」  舞が「(ウチ)でやろうよ」と言った時、思わず確認してしまった。声が裏返っていなかったかと、拓はドキドキした。  拓たち五人は、大学祭でお好み焼の屋台をしようという話になった。広島出身の舞が提案したのだ。  ついては、広島焼の練習をしなくてはいけない。その練習場所に舞が自分の部屋を提供してくれたのだ。  舞の家は大学から自転車で十分の所にある、大学生向けに建てられたワンルームのアパートだ。  少し軋む階段を上りながら、拓は紙袋に入れたホットプレートを抱えなおした。重くはないが、紙袋が耐えうるか微妙だった。今にも持ち手が取れそうだ。  前を行く貴宏が、興味深そうにキョロキョロと辺りを見回している。当たり前の階段に、通路。特別見るものはないと思うのだが。 「何見てんだよ。不審者だぞ、それじゃ」  若干イライラして拓が咎めても、貴宏は気にするふうもなく、観察を続けている。 「いや、夜、あの階段上って家に帰るの、舞は怖くないのかな、と思って」  ホラ、と貴宏は通路の電灯を顎でしゃくった。 「あれじゃあ、たいして明るくなさそうだし」  小さな電球がむき出しについているのを見て、拓も仕方なく頷いた。 「確かにな」  貴宏のこういう細やかな気遣いが、憎たらしい。拓は舞の部屋を訪れることに舞い上がって、そんなこと気にも留めなかった。  そうこうしているうちに、舞の部屋の前に着いた。心の準備をする間もなく、貴宏が無造作にチャイムを押す。  待て、心の準備が、という拓の内心の叫びもむなしく、ピンポーンという音が中から聞こえた。  しばらくしてドアが開けられた。  拓は急に、舞ではない人が出てくるのではないかという、恐怖心に見舞われた。  だが、もちろんそんなわけはなく、慌てたように出てきた舞に、迎え入れられた。  細めのジーンズにざっくりしたニット。広めの襟ぐりから、細い首がのぞいている。  完璧だ。  拓は直立不動で固まってしまった。  いつの間に後ろに回ったのか、拓の背後で貴宏が忍び笑いに体を震わせているのを感じた。  こいつに打ち明けたのは、時期尚早だったかもしれない。  相変わらずぶしつけに舞の部屋を見回す貴宏を小突いて、拓と舞は下ごしらえを始めた。  舞と並んで、キッチンで作業をする。  舞のリズミカルな包丁の音を聞きながら、キャベツの葉の間に指を入れ、丁寧に洗う。洗い終えたキャベツの水をよく切り、舞に手渡しする。  拓は居酒屋の厨房でバイトをしている。下ごしらえはお手のものだ。  また舞がリズムを刻む。  リズムと共に、拓も天に昇って行くような心持になった。  そのリズムが、急に乱れた。  舞が何かに気を取られたのだ。 「舞ちゃん、危ないよ!」  考える前に、拓は声を上げて、舞を止めた。  それは、舞の怪我を止める為なのか、貴宏へ気持ちが流れて行くのを止める為なのか、拓自身も混乱して分からなかった。  目の端に、貴宏の方を向いている舞の横顔が見えた。その顔が、バネが付いているかのように、前を向いた。  そのまま、何もなかったかのように、再び舞はキャベツを刻み始めた。  拓は取り繕うように、呑気な声を出した。 「舞ちゃん、貴宏にも千切りさせてやって。こいつ下手くそだから、練習させないと」  舞は顔を上げると拓を見た。それから、貴宏の方を振り返る。 「やってみる?」  貴宏は肩をすくめた。手に持ったもやしを拓に渡すと、あと少しとなったキャベツを刻み始めた。  貴宏は決して下手ではない。  舞が切るよりは、ほんの少し太めのキャベツが、舞の切ったキャベツの横に山になっていった。
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