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「おおっ、うまいじゃん!」
拓がくるりとお好み焼きをひっくり返すと、綺羅は大きく拍手をした。
「まぁね。練習したからね」
舞と焼き方を練習して、拓は家でも何度も焼いてみた。
「要はね、中にいれてしまえばいいんだよ」
舞は大雑把にそう助言してくれた。ひっくり返すときに、はみ出てしまったキャベツを、シャッシャッと生地の下に押し込む。なるほど、はみ出たキャベツはなかったことになった。
舞の家で練習した時、拓はなかなか上手に出来なかった。
舞は熱心に拓に教えてくれた。熱心にといっても、先ほどのような、大雑把なアドバイスをしてくれただけなのだが、失敗したり成功したりを、一緒に一喜一憂しながら作るのは楽しかった。
貴宏はすぐにコツをつかんで、あっさり焼けてしまったので、舞は何も言わなかった。
ただ食べた時に、「おいしい」とぼそりと呟いただけだった。
ただ、その「おいしい」という呟きが、拓には痛かった。
少しの事で、舞はあっさり貴宏の方へ流れていってしまう。
拓は学祭までの数週間、何回もお好み焼を焼いては、家族を辟易させた。
「俺、兄ちゃんの大学の学祭に行っても、兄ちゃんの店には行かないや。お好み焼きはしばらく見たくない」
高校生の弟にそう言われてしまった。
その甲斐あって、本番までにはうまく焼けるようになった。
「拓ちゃん、練習がんばったんだねぇ」
舞が目を細めて、拓を褒めた。
舞の自宅での練習以来、舞は拓を「拓ちゃん」と呼ぶようになった。距離が近くなったのか、弟扱いされているのか、微妙なところだ。
その舞と貴宏と、昨日はずっとキャベツを刻んでいた。一体どれだけ刻めばいいのか、計算しても検討が付かない。とにかく三人は、手首が腱鞘炎になるかというほどキャベツを刻んだ。貴宏のキャベツの千切りの太さは、もう拓たちと変わらない。
実行委員会とのやり取りや、器材やらの手配をしてくれた綺羅と、指でも切ったら仕事に差し障る静香は、今回ばかりは、嫌味も言わず労ってくれた。
学祭の日は見事な秋晴れだった。
拓たちのお好み焼き屋は繁盛していた。
静香と綺羅がお好み焼き屋をしているという、ギャップも良かったのだろう。
調子の良いことを言って売りまくる二人の後ろで、拓と舞と貴宏は交代で焼いていた。それでも三人とも汗だくだ。
「もう体がソースになりそう」
拓の冗談を舞は笑顔で受けてくれる。
「当分、お好み焼きは見たくないね」
「焼きそばも、たこ焼きもな」
だが、このソースの焼ける匂いは、拓にとって大事な青春の思い出となるだろう。
そんなことを思いながら、拓が「よっ」とお好み焼きをひっくり返すと、後ろから貴宏が声をかけてきた。
「キャベツなくなりそうだけど、どうする?」
時計を見れば、昼の二時半だ。店じまいには早いが、今から買ってきて切るとなると、ピークは過ぎてしまうだろう。
「ずいぶん売ったから、いいんじゃない?」
表から、静香が口を挟む。
周りを見れば、ちらほらと「完売」の張り紙も見える。
「夜はゆっくり楽しもうか」
最後は綺羅が決定した。材料がなくなり次第、「完売」の店じまいだ。
ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちで横を見ると、舞も複雑な顔でこちらを見ていた。
「やったぁ、なのかな?」
舞が小首を傾げて訊いてくる。舞も同じ心境だったことが嬉しくて、拓はわざと胸を逸らせた。
「大繁盛だったから、しょうがないじゃん。仕方ないから、夜は他をまわろう」
舞は吹き出した。
「仕方ないからね」
じゃあ、と腕まくりをしてみせる。
「残りの材料分、焼いちゃおう」
生地を広げると、ジュゥッという小気味の良い音が鳴った。キャベツ、天かす、もやし、豚肉、と手際よく乗せていく。もうすっかり慣れた手つきだ。
この調子だと、舞と一緒にまわれるかもしれない。
拓の心はすっかり浮足立っていた。
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