2 パイン

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「おおっ、うまいじゃん!」  拓がくるりとお好み焼きをひっくり返すと、綺羅は大きく拍手をした。 「まぁね。練習したからね」  舞と焼き方を練習して、拓は家でも何度も焼いてみた。 「要はね、中にいれてしまえばいいんだよ」  舞は大雑把にそう助言してくれた。ひっくり返すときに、はみ出てしまったキャベツを、シャッシャッと生地の下に押し込む。なるほど、はみ出たキャベツはなかったことになった。  舞の家で練習した時、拓はなかなか上手に出来なかった。  舞は熱心に拓に教えてくれた。熱心にといっても、先ほどのような、大雑把なアドバイスをしてくれただけなのだが、失敗したり成功したりを、一緒に一喜一憂しながら作るのは楽しかった。  貴宏はすぐにコツをつかんで、あっさり焼けてしまったので、舞は何も言わなかった。  ただ食べた時に、「おいしい」とぼそりと呟いただけだった。  ただ、その「おいしい」という呟きが、拓には痛かった。  少しの事で、舞はあっさり貴宏の方へ流れていってしまう。  拓は学祭までの数週間、何回もお好み焼を焼いては、家族を辟易させた。 「俺、兄ちゃんの大学の学祭に行っても、兄ちゃんの店には行かないや。お好み焼きはしばらく見たくない」  高校生の弟にそう言われてしまった。  その甲斐あって、本番までにはうまく焼けるようになった。 「拓ちゃん、練習がんばったんだねぇ」  舞が目を細めて、拓を褒めた。  舞の自宅での練習以来、舞は拓を「拓ちゃん」と呼ぶようになった。距離が近くなったのか、弟扱いされているのか、微妙なところだ。  その舞と貴宏と、昨日はずっとキャベツを刻んでいた。一体どれだけ刻めばいいのか、計算しても検討が付かない。とにかく三人は、手首が腱鞘炎になるかというほどキャベツを刻んだ。貴宏のキャベツの千切りの太さは、もう拓たちと変わらない。  実行委員会とのやり取りや、器材やらの手配をしてくれた綺羅と、指でも切ったら仕事に差し障る静香は、今回ばかりは、嫌味も言わず(ねぎら)ってくれた。  学祭の日は見事な秋晴れだった。  拓たちのお好み焼き屋は繁盛していた。  静香と綺羅がお好み焼き屋をしているという、ギャップも良かったのだろう。  調子の良いことを言って売りまくる二人の後ろで、拓と舞と貴宏は交代で焼いていた。それでも三人とも汗だくだ。 「もう体がソースになりそう」  拓の冗談を舞は笑顔で受けてくれる。 「当分、お好み焼きは見たくないね」 「焼きそばも、たこ焼きもな」  だが、このソースの焼ける匂いは、拓にとって大事な青春の思い出となるだろう。  そんなことを思いながら、拓が「よっ」とお好み焼きをひっくり返すと、後ろから貴宏が声をかけてきた。 「キャベツなくなりそうだけど、どうする?」  時計を見れば、昼の二時半だ。店じまいには早いが、今から買ってきて切るとなると、ピークは過ぎてしまうだろう。 「ずいぶん売ったから、いいんじゃない?」  表から、静香が口を挟む。  周りを見れば、ちらほらと「完売」の張り紙も見える。 「夜はゆっくり楽しもうか」  最後は綺羅が決定した。材料がなくなり次第、「完売」の店じまいだ。  ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちで横を見ると、舞も複雑な顔でこちらを見ていた。 「やったぁ、なのかな?」  舞が小首を傾げて訊いてくる。舞も同じ心境だったことが嬉しくて、拓はわざと胸を逸らせた。 「大繁盛だったから、しょうがないじゃん。仕方ないから、夜は他をまわろう」  舞は吹き出した。 「仕方ないからね」  じゃあ、と腕まくりをしてみせる。 「残りの材料分、焼いちゃおう」  生地を広げると、ジュゥッという小気味の良い音が鳴った。キャベツ、天かす、もやし、豚肉、と手際よく乗せていく。もうすっかり慣れた手つきだ。  この調子だと、舞と一緒にまわれるかもしれない。  拓の心はすっかり浮足立っていた。
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