2 パイン

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「お前さ、好きな子いないの?」  舞は静香とおしゃべりしながら、作業台の片付けに励んでいる。拓はそれを眺めながら、貴宏と器材を片付けていた。  片付けながらも、頭はこの後のことでいっぱいだ。どうやって舞を誘おうか。  何かヒントがもらえないかと、黙々と作業に勤しんでいる貴宏に話を振ってみた。  舞を好きになることはない、と断言されているから気が楽だ。  貴宏はわざわざ手を止め、顔を上げると、拓を見た。そのまま何も言わないので、聞こえなかったのかと、もう一度質問を繰り返す。  貴宏は目を何度か(しばた)かせると、ゆっくり答えた。 「いないよ」  気楽に訊いたつもりなのに、なんだか重々しく答えられて、拓は面食らった。  気を取り直して、別の質問をしてみる。 「今までは?」  付き合った人はいないと思う。もし、貴宏に彼女ができていれば、いくら鈍い拓でも気が付いただろう。  だが、言わなかっただけで、好きな人ぐらいいたかもしれない。  貴宏はもう一度ゆっくり答えた。 「……いないよ」 「一度も?」  貴宏は微かに微笑んだ気がした。だが、すぐに顔を背けてしまった。作業に戻りながら、はっきりと言う。 「一度も」  そのあまりにきっぱりした口調に、拓はしばらく呆気にとられていた。 「一度も」って、すぐに断言できるものなのか?気になったあの子は「好き」の内に入るのかとか、少しは考えそうなものだ。 「もし、お前に好きな奴が出来たら、どうなるんだろうな」  疑問は疑問のまま、拓が思ったことを口にすると、貴宏の肩が震え出した。笑っているのだ。  貴宏は顔を上げると、おどけて言った。 「一途だと思うよ。多分死ぬまで心変わりしない」  冗談でも、貴宏の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。  だが、確かにそうだという気もした。  この男が一度心を動かしたら、全身全霊でその人を愛し続けるような気がする。  その幸せ者は一体どこにいるのだろう。  結局、拓は舞と学祭をまわることは出来なかった。 「ごめんね、静香とまわる約束していて……」  申し訳なさそうに、だがなぜかはにかみながら断る舞の後ろで、腕を組んで無言で拓を睨みつける静香の迫力に、拓は「じゃあ、みんなで」とも言い出せずに終わってしまった。  なんだって、静香は俺を目の敵にするんだろう。静香の親友に対する独占力は、ちょっと異常だ。 「結局、お前とかよ」  少し離れたところから、事の成り行きを見守っていた貴宏は肩をすくめた。綺羅はとっくに別の女友達が迎えに来て、どこかに行ってしまった。 「まぁ、いいじゃん。俺との腐れ縁もあと三年だよ。これも思い出、思い出」  貴宏はそう言って、先に歩き出した。  拓は虚を突かれた心境で、立ち尽くしていた。 「あと三年?」  馬鹿みたいにオウム返しに訊き返すと、貴宏は振り返って笑った。 「だって、お前、まさか就職先まで一緒じゃないだろう?」  自然と流し目のようになったその微笑みが、妙に色っぽくて、拓は戸惑った。 「まぁ、そうだな。一緒だったら、気持ち悪いな」  ごにょごにょとそう言いながら、貴宏の後について行く。 「さて、何食うかな。ソース臭くないやつがいいな」  貴宏は妙に機嫌がいい。  俺の不幸を楽しんでやがるな。  拓は不愉快になってきて、幼馴染の気安さから、不貞腐れた顔のまま、貴宏と並んだ。 「おい、お前奢(おご)れよ」  拓の理不尽な要求に、貴宏はちろりと横目で見た。 「しょうがねぇな。可哀そうだからな」  貴宏はいつだって優しい。  俺は甘えてばかりだな。  貴宏が、例えば失恋でもして落ち込んだら、俺はとことん慰めてやろう。  拓は心の中でそう決心し、とりあえず今日は、貴宏の慈悲を有り難く受けることにした。
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