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「お前さ、好きな子いないの?」
舞は静香とおしゃべりしながら、作業台の片付けに励んでいる。拓はそれを眺めながら、貴宏と器材を片付けていた。
片付けながらも、頭はこの後のことでいっぱいだ。どうやって舞を誘おうか。
何かヒントがもらえないかと、黙々と作業に勤しんでいる貴宏に話を振ってみた。
舞を好きになることはない、と断言されているから気が楽だ。
貴宏はわざわざ手を止め、顔を上げると、拓を見た。そのまま何も言わないので、聞こえなかったのかと、もう一度質問を繰り返す。
貴宏は目を何度か瞬かせると、ゆっくり答えた。
「いないよ」
気楽に訊いたつもりなのに、なんだか重々しく答えられて、拓は面食らった。
気を取り直して、別の質問をしてみる。
「今までは?」
付き合った人はいないと思う。もし、貴宏に彼女ができていれば、いくら鈍い拓でも気が付いただろう。
だが、言わなかっただけで、好きな人ぐらいいたかもしれない。
貴宏はもう一度ゆっくり答えた。
「……いないよ」
「一度も?」
貴宏は微かに微笑んだ気がした。だが、すぐに顔を背けてしまった。作業に戻りながら、はっきりと言う。
「一度も」
そのあまりにきっぱりした口調に、拓はしばらく呆気にとられていた。
「一度も」って、すぐに断言できるものなのか?気になったあの子は「好き」の内に入るのかとか、少しは考えそうなものだ。
「もし、お前に好きな奴が出来たら、どうなるんだろうな」
疑問は疑問のまま、拓が思ったことを口にすると、貴宏の肩が震え出した。笑っているのだ。
貴宏は顔を上げると、おどけて言った。
「一途だと思うよ。多分死ぬまで心変わりしない」
冗談でも、貴宏の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
だが、確かにそうだという気もした。
この男が一度心を動かしたら、全身全霊でその人を愛し続けるような気がする。
その幸せ者は一体どこにいるのだろう。
結局、拓は舞と学祭をまわることは出来なかった。
「ごめんね、静香とまわる約束していて……」
申し訳なさそうに、だがなぜかはにかみながら断る舞の後ろで、腕を組んで無言で拓を睨みつける静香の迫力に、拓は「じゃあ、みんなで」とも言い出せずに終わってしまった。
なんだって、静香は俺を目の敵にするんだろう。静香の親友に対する独占力は、ちょっと異常だ。
「結局、お前とかよ」
少し離れたところから、事の成り行きを見守っていた貴宏は肩をすくめた。綺羅はとっくに別の女友達が迎えに来て、どこかに行ってしまった。
「まぁ、いいじゃん。俺との腐れ縁もあと三年だよ。これも思い出、思い出」
貴宏はそう言って、先に歩き出した。
拓は虚を突かれた心境で、立ち尽くしていた。
「あと三年?」
馬鹿みたいにオウム返しに訊き返すと、貴宏は振り返って笑った。
「だって、お前、まさか就職先まで一緒じゃないだろう?」
自然と流し目のようになったその微笑みが、妙に色っぽくて、拓は戸惑った。
「まぁ、そうだな。一緒だったら、気持ち悪いな」
ごにょごにょとそう言いながら、貴宏の後について行く。
「さて、何食うかな。ソース臭くないやつがいいな」
貴宏は妙に機嫌がいい。
俺の不幸を楽しんでやがるな。
拓は不愉快になってきて、幼馴染の気安さから、不貞腐れた顔のまま、貴宏と並んだ。
「おい、お前奢れよ」
拓の理不尽な要求に、貴宏はちろりと横目で見た。
「しょうがねぇな。可哀そうだからな」
貴宏はいつだって優しい。
俺は甘えてばかりだな。
貴宏が、例えば失恋でもして落ち込んだら、俺はとことん慰めてやろう。
拓は心の中でそう決心し、とりあえず今日は、貴宏の慈悲を有り難く受けることにした。
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